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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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薬剤師のための情報リテラシー ~ICTを活用した医薬品情報業務と臨床教育への可能性~

第48回日本薬剤師会学術大会、分科会12における僕の講演、「薬剤師のための情報リテラシー~ICTを活用した医薬品情報業務と臨床教育への可能性~」のスライド原稿と当日の話に加筆訂正を加えたものです。大幅な加筆は加えていません。できる限り、当日のお話を再現したつもりです

当日ご来場いただいた皆様、そして座長を務められた、広島県薬剤師会の豊見敦先生、鹿児島県薬剤会の原崎大作先生、共同演者の熊谷信先生、山本雄一郎先生、また企画運営を担当されたすべての関係者の方々、にあらためて感謝申し上げます。

[知識とは情報が生み出す信念である]

皆さんこんにちは。栃木から来ました青島と申します。薬剤師のための情報リテラシー。なにやらとても堅いテーマのタイトルがついています。サブタイトルも長いですね。今日のお話は、簡単に言うと、情報と、学ぶ仕方について、そういったことを取り上げたいと思います。

皆さんも実感されていると思いますが、情報と学びは切っても切り離せないものだと思います。つまり、「学ぶとは、一定の情報を得るその仕方」のこととも言えます。僕が大好きな名古屋大学戸田山和久さんは「知識とは情報が生み出す信念である」とおっしゃっています。[1]

しかしながら情報を得るだけが学ぶことではありません。大事なのは情報を吟味し、それをどう活用すればよいのか。僕はそういう事だと思います。そのプロセスの中で大事なのは「現象」を追うこと、と言う点を今日は、強調したいと思います。「現象」なんて普段は聞きなれない言葉ですよね。現象ってなんでしょう。ちょっとここで次の絵を見てください。

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皆さん、何の絵に見えるでしょうか。「ウサギ」と見えた方は手を挙げてもらっても良いですか?ああ、ありがとうございます。では「アヒル」と見えた方。どうもありがとうございます。半々ぐらいですかね。 ウサギでもアヒルでもなくなんだかよく分からない絵だなあと思った方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。ああ、誰もおられないのですね。ありがとうございます。

この絵が何を意味しているのか、まあそこはあまり重要ではないのですが、アヒルと見えた時点で、ウサギは見えてこないんです。そしてウサギが見えた時点でアヒルは見えてこない。そう、一度決定的となった物の見方、考え方、そこから離れるのは、相当困難な作業なんですね。分かりやすいだけが情報の価値なんでしょうか。じつは複雑なままとらえることこそ肝要である。そういったことを知る必要があるんです。ちょっと身近なテーマで考えてみましょう。

糖尿病はおしっこに糖が出るくらい血糖値が高いわけです。血糖を下げれば有効な治療だと誰しもが思われますよね。このような病態生理に関する理論情報は、割と合理的で明確なんです。例えばメトホルミンを投与すれば、確かに血糖が下がるかもしれない。

しかし、血糖値を下げる事だけが治療なのでしょうか。ここで見えてこないものは何でしょうか。糖尿病の合併症リスクはどうなるのでしょうか。寿命はどれくらい伸びるのでしょうか。このような理論情報だけではなかなか見えてこない「現象」を追う事も大切ではないでしょうか。

[理論と現象]

さてここで、理論と現象という言葉が出てきました。理論と現象についてちょっと整理してみましょう。水とメタンの沸点の違いについてを例に理論と現象について考えてみます。高校時代の化学を思い出してみてください。水とメタンの沸点の違いをどう説明しましょうか。これは分子モデルによる理論に基づく説明が可能です。メタンは無極性分子です。そして水は極性分子ですよね。水分子は水素結合を形成することで、分子同士がメタンに比べて離れにくい、だからメタンに比べて圧倒的に沸点が高いんだ、と説明できるわけです。

しかし、良く考えてみてください。水分子を引き付けている水素結合を目で見て手で触ることはできるでしょうか。それを現象として僕たちは実際に感じたり観察することができるでしょうか。理論に基づく情報は実は観察不可能なのです。

一方、メタンと水の沸点に関して、その違いは現象の上からでは明らかです。その沸点は-164℃ですから、メタンは常温で気体です。確かにメタンガスは目で見ることができないかもしれませんが、水でも個体でもないものとして知覚できますし、実際に-164℃以下にすれば、液体として肉眼で観察できるはずです。そして水は熱を加えなければ、沸騰しません。水の沸点は100℃です。これは水を火にかけて熱することで水蒸気をじかに観察可能です。このようにメタンと水の沸点の違いは現象的には観察可能なのです。

では実際の薬学情報において理論と現象はどのような構造になっているのでしょうか。

DPP4阻害薬を例に考えてみたいと思います。薬学情報において理論とは基本的には病態生理理論や薬理学的理論と言えましょう。DPP4阻害薬はインスリン分泌を促すインクレチンを分解してしまうDPP4という酵素を阻害することで血糖値を下げます。理論情報はこのような仕方で記述されますが、実際にこの作用メカニズムは目で見て感じることは不可能です。一方で現象はどうでしょうか。2型糖尿病患者さんをたくさん集めてきて2つのグループに分けます。一方にシタグリプチンを飲んでもらい、もう一方はプラセボを飲んでもらって心血管疾患の発症を比較しました。するとシタグリプチンとプラセボはほぼ同等という結果だったのです。[2]

シタグリプチンを飲んでもらうということ、心血管疾患が発症するということ、この二つの現象はともに観察可能です。つまり現象を観察し、統計的手法を用いて定量化すること。そして確率論的に扱うことが現象を記述した情報なのです。

[現象を記述した情報とは]

現象を記述した情報とは、つまり因果関係を類推するための臨床(疫学)情報のことです。因果関係とは原因と結果の連なりのことで、例えば、薬を飲んで、その結果どうなるか、という事です。ここで一つ重要なポイントがあります。この因果関係を知るのに、必ずしも原因と結果をつなぐ理論メカニズムが分かっている必要がないという事です。水素結合が実在しなくても、メタンと水の沸点の違いを僕たちは知覚できます。DPP4阻害薬がどんな風に効くか知らなくてもプラセボとの比較で心臓病の発症頻度がどの程度異なるのか、実証的に示すことが可能です。理論はあくまでも現象を説明するために近似的に妥当な仮説にすぎないという側面があるのです。

さて、現象を記述した情報、これはいったいどこにあるのでしょうか。基本的には臨床研究から得られた論文、つまり臨床医学に関する原著論文に記載されているのです。原著論文のことを一次情報などと言ったりもします。

[世の中に存在する医療情報]

では身近な医療情報について考えてみましょう。例えばアメリカでは、成人の半数が健康関連ニュースを意識しているそうです。そして一般的なアメリカ人一般の情報入手先は90%がマスメディアだそうです。またアメリカ国内の新聞情報源は1/3が一次情報(原著論文)のプレスリリースであると報告されています。[3]

つまり、一次情報がメディアの情報源となっているわけではないのです。ここに情報の「伝言ゲーム」の存在が浮き彫りとなります。

伝言ゲームとは、あるグループが一列になり、列の先頭の人に、元となる一定の言葉を伝え、伝えられた人はその言葉を次の人の耳うちし、それを最後の人に伝えるまで繰り返し、最後の人は自分が聞かせてもらったと思う言葉を発表し、元の言葉と発表された言葉が一致するかどうか、またどの程度違っているかを楽しむ遊びです。あまり普段このようなゲームをされることはないと思いますが、その概要は皆さんも良くご存じだと思います。

これと同じことが実は医療情報にも起こり得るという事なのです。そもそも原著論文のアブストラクト(抄録)の結論に40%に情報の歪曲があるという報告もあります。[4] 歪曲とは都合の良くない結果を、粉飾して記述することです。臨床研究論文が掲載されると、製薬メーカーがプレスリリースをホームページなので公開することがありますがプレスリリースにも実に47%に歪曲が存在することも報告されています。さらにプレスリリースの質が悪いと新聞報道の質も悪い、なんて報告も存在します。[5]

ではインターネット情報はどうでしょうか。皆さんも良く活用すると思いますがウィキペディアは情報リソースとしてどうなのでしょうか。ウィキペディアの妥当性を検討した論文も報告されています。2015年の報告によれば、医薬品の有効性、安全性において信頼性の高い最新のリソースではないと結論されています。[6]また記述の正確性の観点から医学生の学習リソースには適していないとする報告もあります。[7][8]

インターネット情報の危うさについて、ちょっと実験してみました。健康食品でおなじみにグルコサミン、これに関する妥当な情報がネット上にどの程度の割合で存在するでしょうかグルコサミンでグーグル検索すると約 1,080,000 件ヒットします。一方PubMedグルコサミンのランダム化比較試験を検索するとどうでしょうか。キーワードを「Glucosamine」として、「Randomized Controlled Trial」で絞り込んでみるとたったの231件でした。つまりグルコサミンについてネット上にまともな情報が存在する割合は0.02%に過ぎないという事だったんです。もちろん知りたいのはグルコサミンの有効性だけではないでしょうから、この数字はちょっと大げさかもしれません。でも世の中にあふれる情報の中で、妥当性の高い情報はほんの一握りしかない、ということがお分かりいただけるでしょう。

[医薬品の専門家として]

では僕たちは医薬品の専門家として、どのような情報リテラシーを有すれば良いのでしょうか。東京大学の平成26年度教養学部学位記伝達式での式辞で、僕がとても好きな言葉があります。ちょっと全文引用します。「あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが、文系・理系を問わず…(中略)…「教養」というものの本質なのだ」[9

つまり、医薬品の専門家として一次情報(原著論文)を批判的に吟味するスキルは必須だと僕は思います。医療において、一次情報から得た情報を活用する方法論は既に提唱されています。臨床医学・薬学における一次情報とはエビデンスのことです。エビデンス重視しながら臨床判断する方法論、これはEBM(evidence-based medicine)に他なりません。しかしながらこれまで原著論文を読んだことがない、あるいは忙しくてそんな暇がない、そういった方のために、

どのような方法で、いかに効率よくEBMスタイルで学びを駆動するか、そういったことが重要になるわけです。ここで僕が関わっているEBMスタイルの学びのための取り組みをご紹介いたします。

CMECジャーナルクラブ

質の高い論文情報の要約を日本語で閲覧可能なWEBサービスです。もちろん情報検索も日本語で大丈夫です。

地域医療の見え方

様々なエビデンスをレビューしています。ソーシャルメディアと連動することで、薬物治療エビデンスの考え方についての議論がネット上で活発に行われるようになってきました。

地域医療ジャーナル

身近な医療情報をエビデンスベースで紹介している。エビデンスベースでの学びをサポートするWEBマガジンです。

症例から学ぶ薬剤師のためのEBM

そもそもエビデンスをどう読むのか、その読み方を具体的な事例を基に紹介しています。

薬剤師のジャーナルクラブ(JJCLIP)

エビデンスを実際にどう活用すればよいのか、みんなで考えていこうという取り組み。WEB上での論文抄読会を通じて、エビデンスを実際に活用する方法を模索しています。

[世界共通の知的情報自由化社会]

最新の疫学的情報(現象の記述)は、教科書でも専門書でもなく、ましてやマスメディアから流れる情報でもなく、ネットワークに存在する英語ベースの一次情報なんです。情報の引き出し方さえ知っていれば、世界最先端、そして最高峰の知に、多くの場合で無料で(抄録に)アクセスできるんです。世界の奥地にすむ未開の人でさえも、スマートフォン端末でネットワークにアクセスでき、そして英語が読めるなら、その分野の権威と呼ばれるような専門家をうならせるほどの論客になれる時代とも言えるかもしれません。

そんな時代だからこそ、薬剤師の専門性とは何か、もう一度考える必要があります。世間にあふれる情報を横流しするのではなく、一次情報に立ち返り、自身で情報を吟味し、薬物治療に対して薬剤師としての意見を持つこと。そして薬理学や病態生理学などの「理論」にとらわれずに臨床研究から得られたリアルな「現象」を追うこと、そういったことが大切なんだと僕は思います。

薬剤師の専門性とは何か、そういったことを一次情報の大切さから見直してきたわけですが、実はもっと大切なことがあります。ここまで話してきてなんですが、僕にとって、何を学ぶか、という事は、実は大きな問題ではありませんでした。重要だったのは自分にとっての“師”と出会う事でした。そしてどう学ぶか、という事も大きな問題ではありませんでした。“師”と出会うことでどう学べばよいかが、おのずと見えてきたのです。

最後に皆さんにお伝えしたい言葉があります。残念ながら今年9月に亡くなってしまった近藤 剛弘先生[10]の言葉です。「良い“師”を求めてください。そして、自分自身が良い“師”となるよう頑張ってください。それが、薬剤“師”です。」[11]

僕も薬剤“師”となれるよう今後も模索を続けたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

[注釈]

[1] 戸田山和久 哲学入門(ちくま新書)

[2] N Engl J Med. 2015; 373: 232-42

[3] PLoS Med. 2012;9(9):e1001308

[4] PLoS Med. 2012;9(9):e1001308

[5] BMJ. 2012 Jan 27;344:d8164

[6] J Med Libr Assoc. 2015 Jul;103(3):140-4

[7] Adv Physiol Educ. 2015 Mar;39(1):5-14

[8] Eur J Gastroenterol Hepatol.2014 Feb;26(2):155-63

[9] 東京大学 平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞

[10] 日本薬剤師会常務理事/ファイン総合研究所専務取締役

[11] http://phain.com/