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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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鼻声に垣間見た患者の心理

〔つまり風邪をひいたよ〕

自験例。2日前の深夜2時くらいから鼻水がツーと垂れてくる状態が発現し、昨日はずっと鼻声。夜には倦怠感が出現し、ああ、熱が出てきた…。という感じ。そして本日37度。実感できる体調のわりには低い熱?この体温計壊れてんじゃないのかい?と言いたくなる中、インフルエンザ感染症である可能性、つまり事前確率を見積もる。県内のインフルエンザ流行状況を見てみると…。

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国立感染症研究所 インフルエンザ流行レベルマップ 第50週(12/18更新)より

 

現時点では全く流行しておらず。僕は10月末にはインフルエンザワクチンを接種済み。今シーズンはインフルエンザ患者への服薬指導実績0件。さらに通勤時はマスク着用。帰宅時はエタノールによる手指消毒を励行し、感染対策は一通り実施してきたつもりである。これら行動と環境、そして臨床所見から導き出されるおおよその事前確率は10%~30%と言ったところか。既に検査閾値は下回っており、症状からすると、一般的なウイルス性上気道炎である可能性は高い。

しかしながら、インフルエンザかどうか、と言う問題は、本人の問題と言うよりも同居家族や職場の同僚にも影響を与える問題でもあるのは事実だ。念のための検査はNGと知りながらも、これ検査せずに帰ったら、「お前は家に入るな」と言われそうで、検査を受けるよりほかない、という現実があったりする。

そんなわけで外来受診。鼻の奥をグリグリ、そして15分後…。迅速診断キットの結果は陰性。症状発現から1日半たっていることを考慮すれば、この結果はまず信頼できそうだ。

〔インフルエンザ検査陰性が意味するところ〕

さて迅速診断キットの感度、特異度は2012年にシステマテックレビューが出ている。[1] この報告によれば、その検査性能は(表1)のようになっている。

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 (表1)インフルエンザ検査キットの性能[文献1より作成]

かりに本事例の事前確率を30%としよう。陰性尤度比は0.38である。ベイズの定理「事前オッズ×尤度比=事後オッズ」を使って事後確立を算出するとこんな感じだ。

事前のオッズは0.3/(1-0.3)で、0.43、これに陰性尤度比をかけると、0.43×0.38=0.1634さらに、これを確率に直すと、0.1634/(1+0.1634)=0.14、つまりおおよそ15%。念のためノモグラムで検算してみよう。

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(N Engl J Med. 1975 Jul 31;293(5):257より)

事前割合が30%で尤度比が0.38のところを結ぶと、おおよそ15%くらいで、僕の計算もあながち間違えじゃない。まあともかく、これでほぼインフルエンザの可能性は除外できそうだ。

〔薬はどないすんねん〕

と言うわけで、単なる風邪なわけだが、次に薬はどうしようかと言う問題。アセトアミノフェンは先日、衝撃的なランダム化比較試験が出ていて、インフルエンザ感染症において症状や発熱に関して明確な差が無いことがセカンダリアウトカムで示されてしまった。まあ研究対象者が80人、セカンダリアウトカムなので、サンプル不足の可能性もあるけれど、著明な効果は期待できないようだ。[2]

さらに風邪に対するアセトアミノフェンの効果もたかが知れている。4つのランダム化比較試験のレビュー文献[3]によれば、4研究中2研究で鼻閉が改善し、1研究ではプラセボに比べて鼻漏の重症度を改善したが、咳やくしゃみには効果が無かったと報告されている。  

また4研究中2研究でのどの痛みや倦怠感を改善せず、頭痛に関しては2研究で有効であったが、1研究でプラセボと差が見られなかったというわけだ。なおこのレビューの基準を満たしたランダム化比較試験において、風邪症状の持続期間を検討した研究は無いという結果。[4]

それでも、このだるい症状を何とかしたい、と言うのが人間の欲望というもの。健康に対する欲望は科学的根拠すら意識させないほど強固な意志を形成する。そんなわけでアセトアミノフェンをとりあえず飲むという無意識的な判断をすることは多々あるだろう。この構造はエビデンスに基づく主体的な行動と言うよりはむしろ、苦痛軽減欲、健康欲にコントロールされた無意識的反射行動と言えるかもしれない。

〔医療行為において重視されるのは…。〕

医療を受ける立場においては少なからずこのような心理、つまり無意識的反射行動が駆動しているのではないか。今回の事例において、エビデンスによれば、検査をすること、薬を飲むことなど、多くの医療行為が臨床的にあまり意味のないものなのかもしれない。しかし、このような医療行為を受けることで、ヒトは「安心」を手に入れるのだろう。それが公的な医療財源で賄われるべきかどうかについては議論の余地がある。しかしながら、臨床的に意味のなさない医療行為ですら、なぜ安心を手に入れることができるのか、さしあたってはこれが重要な問題のように思える。

現状において、エビデンスに基づく意思決定は患者本人(あるいは患者を取り巻く環境)とってはなかなか難しいのではないだろうか。[5]無駄だと知りつつも行為してしまうのが人間というものなのだ。僕はそう思うのである。科学的根拠にとって妥当するか否かではなく、人が感じ得る不安な心理にとってどれだけ妥当するか、医療行為において重視されるのはそういう事なのだろう。

〔参考文献・注釈〕

[1] Chartrand C, Leeflang MM, Minion J,et.al. Accuracy of rapid influenza diagnostic tests: a meta-analysis. Ann Intern Med. 2012 Apr 3;156(7):500-11. PMID: 22371850

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22371850

[2] Jefferies S.et.al.Randomized controlled trial of the effect of regular paracetamol on influenza infection. Respirology. 2015 Dec 6. doi: 10.1111/resp.12685. [Epub ahead of print] PMID: 26638130

[3] Li S, Yue J, Dong BR,et.al. Acetaminophen (paracetamol) for the common cold in adults.

Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jul 1;7:CD008800PMID: 23818046

[4] 詳しく知りたい方は「薬のデギュスタシオン」をお買い求めください。

[5] もちろん医療従事者にとってもそうだろう。