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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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薬物治療を思考する~超高齢者に対するアピキサバンの有効性・安全性検討~

[はじめに]

世間一般の処方動向をみると、高齢者に対するアピキサバンの使用は決して少なくないようである。確かに、ダビガトランなどと比べるとクレアチニンリアランスに関する禁忌も緩い(15mL/min未満)。これは同じ抗凝固薬でも薬剤ごとに腎排泄の度合が異なることが理由として挙げられる。(Circ J. 2011;75(7):1539-47. PMID: 21666370)

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ダビガトランの腎排泄が80%なのに対して、リバーロキサバンでは33%、アピキサバンでは25%となっている。

またアピキサバンの主要論文である、ARISTOTLE試験(N Engl J Med. 2011 Sep 15;365(11):981-92. PMID: 21870978)参加者も年齢中央値で70歳と、比較的高齢の患者を対象としている。ARISTOTLEではワルファリン比較で、非劣性のみならず優越性も示唆されていたわけであり、ベネフィットを考慮するとアピキサバンという選択肢もありかもしれないと思えてくる。

ただコストや加齢に伴う腎機能低下などに起因する有害リスクを上回るかどうかについては、議論の余地もありそうだ。

80歳を超えるような高齢者に対する抗凝固療法において、納豆食に関する問題が無い限り、筆者はワルファリンを推奨してきた。その理由は以下の通りである。 

・高齢者においては腎機能低下が進行する懸念があり、少なからず腎で排泄されるエリキュースは、腎機能低下とともに有害事象発症リスクが高まる危険性がある。

・定期的なPT-INRモニターは治療の安全性を高めると思われる。

・エリキュースに比べて、ワルファリンは圧倒的に安価である。

・寝たきり高齢者では納豆食が問題となることは少ない。

しかしながら、上記理由はあくまで薬理作用や病態生理に基づく仮説に過ぎず、実証されたエビデンスがあるわけではない。本稿では、80歳を超える高齢者においても、アピキサバンが安全に使用でき、そのベネフィットがワルファリンを上回るのか検討する。

まず、アピキサバンの有効性・安全性を検討した主要論文ARISTOTLEのサブ解析から一つの仮説を提示し、次にその仮説が指示できるものかどうかを、薬理学的に類似の薬剤であるリバーロキサバンとの比較の中で検討する。そのうえで、ワルファリンとの比較を考察し、一つのソリューションを提示する。最後に薬剤効果の一般的な解釈について、メタレベルで検討を加え、薬物治療を思考するとはどういうことかを示す。

[アピキサバンの有効性・安全性に関する仮説]

ARISTOTLEには様々なサブ解析論文が報告されているが、本稿の論点に合わせ、高齢者でのリスクベネフィット、腎機能低下時のリスクベネフィットについて検討された論文を確認していく。

①高齢者へのアピキサバン

Eur Heart J. 2014 Jul 21;35(28):1864-72. PMID: 24561548)

『Owing to the higher risk at older age, the absolute benefits of apixaban were greater in the elderly.』

高齢者でもベネフィットは大きい。むしろ65歳未満に比べて65~75歳、75歳以上ではよりベネフィットがある可能性が示唆されている。

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②腎機能障害者へのアピキサバン

Eur Heart J. 2012 Nov;33(22):2821-30. PMID: 22933567)

『Patients with impaired renal function seemed to have the greatest reduction in major bleeding with apixaban.』

腎機能障害者において、決して出血リスクが増えるわけではない。腎機能障害患者はむしろアピキサバンによる大出血抑制効果が大きい。

 

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③アピキサバンによる出血のリスクファクター

(J Am Coll Cardiol. 2014 May 27;63(20):2141-7PMID: 24657685)

Major bleedingに関して、『Older age, prior hemorrhage, prior stroke or transient ischemic attack, diabetes, lower creatinine clearance, decreased hematocrit, aspirin therapy, and nonsteroidal anti-inflammatory drugs were independently associated with an increased risk.』

当然ながら高齢者は出血のリスクファクターとなっている。Ageは10-yr increase でMajor Hemorrhageのハザード比1.36 (1.23–1.51) つまり高齢になるほど大出血リスクは高くなる。

①と③はコンフリクトを起こしている。常識的に考えれば③が指示されようが、世間一般的には①及び②の結果は独り歩きしやすいと思われる。サブグループ解析の結果はあくまで仮説にすぎず、因果関係を立証するものではないが、ここで一つの仮説を提示しておく。

【仮説】アピキサバンは超高齢者(本稿では80歳を超えるような高齢者を想定している)において、リスク/ベネフィットに優れており、腎機能が低下している(当然ながら添付文書上の禁忌を除く)からと言って出血リスクが増大するわけではなく、むしろ出血抑制効果が大きい。

[リバーロキサバンとの比較]

先の仮説を検証するには、厳密には腎機能が低下した超高齢者を対象にランダム化比較試験を行うよりほかない。しかしながら、年齢が出血のリスク因子だと言われている中で、倫理的配慮から、このような介入研究を行うことは難しいかもしれない。

では超高齢者に対するアピキサバンの有効性・安全性をどのように検討したら良いのであろうか。冒頭紹介したようにリバーロキサバンは代謝様式、薬理作用が類似しており、また報告されている臨床試験論文の研究デザインも類似している。前項で提示した仮説が、リバーロキサバンでも提起できるのであれば、その仮説が指示できるとは言えないだろうか。

①高齢者に対する安全性

J-ROCKET AFのサブ解析によれば、75歳を超えると出血は増加傾向にあるようだ。有効性については、高齢者だから効果が大きくなる、というようなことは示されていない。(Circ J. 2014;78(6):1349-56.PMID: 24705469)

ROCKET AFのサブ解析でも同様に高齢者で特に著明な効果が期待できる、というわけではない。むしろ安全性アウトカムは75歳以上では有意に増加している。(Circulation. 2014 Jul 8;130(2):138-46.PMID: 24895454)

年齢は出血のリスファクターである点はリバーロキサバンもアピキサバンも同様なようである。(J Am Coll Cardiol. 2014 Mar 11;63(9):891-900.PMID: 24315894)

②腎機能低下例に対する安全性

J-ROCKET AFのサブ解析を見る限り、腎機能低下例についてはリバーロキサバンでも著明な出血リスク上昇というわけではなさそうである。(Circ J. 2013;77(3):632-8.PMID: 23229461 )

ただ、クレアチニンリアランスが30〜49おいて大出血に明確な差はないが、腎機能低下例でよりリスクが少ないというわけではないようだ。J-ROCKETのサブ解析でも同様の結果が示されている。(Eur Heart J. 2011 Oct;32(19):2387-94.PMID: 21873708)

つまり腎機能低下例でも比較的安全に使用できるかもしれないが、腎機能低下例においてむしろ出血リスクを抑制するというようなことは示されていない。

[超高齢者に対するアピキサバンとワルファリンの比較]

ARISTOTLEという単一のRCTのみからの仮説をいろいろ提起しても、偶然の解析結果という可能性は常に付きまとう。現段階では、リバーロキサバンにおいてアピキサバンで提起した仮説が指示されないことを踏まえると、超高齢者、腎機能低下例にアピキサバンを積極的に用いるべきと解釈するのは早々だろう。現時点では安価なワルファリンで問題ないと思われる。

ただすでに、アピキサバンが投与されている場合についてはどうだろうか。アピキサバンからワルファリンへの変更はやや難しい側面がある。変更時には脳卒中、塞栓症リスク増加の懸念があるからだ。リバーロキサバンでは、ビタミンK拮抗薬などによる標準的治療への移行期において、リバーロキサバン群ではワルファリン群にくらべ脳卒中/全身性塞栓症リスクの上昇がみられたと報告されている。(J Am Coll Cardiol. 2013 Feb 12;61(6):651-8.PMID: 23391196)

半減期がワルファリンに比べて短いアピキサバンやリバーロキサバンは当中止に伴い、脳卒中に関する予防的効果の急速な減少が懸念されるというわけだ。その為アピキサバンとワルファリン併用期間を設定することが多いだろうが、その場合、ワルファリンの投与量には神経を使うことだろう。ただそのリスクを考慮してもワルファリンへの変更はコストの観点や安全性にメリットがあるように思えるがいかがだろうか。

[終わりに]

共時的な反復可能性と通時的な反復可能性とが共に意味形成の過程に参与することによって、幾何学的対象の理念的客観性が構成される』(野家啓一 物語の哲学)

本稿で定期した仮説は超高齢者に対するアピキサバンの積極使用を支持するものだった。しかしながらその仮説は類薬リバーロキサバンでは支持されなかった。この考察結果はクラスエフェクトではない、という結論を導くもので、アピキサバンでは効果がある、ということなのかもしれない。しかし、それもまた仮説にすぎない。そもそも単一のランダム化比較試験の結果ですらも偶然の影響は免れず、それもまた信頼度の高い、仮説にすぎないと考える事もできる。

薬剤効果という実態があったとして、僕たちは論文を読むことで、その実態に近づけるのかもしれない。しかし論文の結果は程度の差はあれ、実体そのものを示しているわけではないのだ。つまり、薬剤効果を統計というコトバによって記述することで、その実態の「側面」を知るにすぎないということ。薬の効果なるものはいわば『物自体』みたいなもので、僕たちはそれを統計というコトバで切り取った世界として解釈しているのだ。薬の効果は存在するかもしれないが、僕たちはそれを現象として認識するのみである。論文が示す情報は程度の差はあれ、常に仮説的言明として捉えておかねばなるまい。継続して論文情報を追い続ける中で、その仮説が棄却されるのか、支持されるのか、そういったことを考える、と言うのが「薬物治療を思考する」ということである。