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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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新規糖尿病治療薬の臨床試験をめぐるあれこれ

[新規糖尿病治療薬の臨床試験

近年、新規経口糖尿病薬の大規模臨床試験は心血管アウトカム関して、プラセボに対する非劣性というデザインで研究されている。非劣性試験とはコントロール群に比べてアクティブ群が少なくとも臨床的に劣っていないかを検討する研究であり、結果の95%信頼区間が非劣性マージンを下回れば劣っていないとする片側検定試験である。

しかし、心血管イベントに関して、糖尿病薬がプラセボに比べて非劣性とはどういう事だろうか。プラセボを上回る効果は差し置いて、少なくとも心血管イベントを増やさない、という事に関心を置いた研究という事になる

既にいくつか報告されているが、2013年に報告されたSAVOR-TIMI 53(サキサグリプチン)1) EXAMINE(アログリプチン)2)、2015年に報告されたTECOS(シタグリプチン)3) ELIXA(リキシセナチド)4) EMPA-REG OUTCOME(エンパグリフロジン)5)、2016年に報告されたLEADER(リラグルチド)6) SUSTAIN-6(セマグルチド:未承認薬剤)7)が代表的な臨床試験であろう。いずれの研究においても共通する項目は以下の通りである。

プラセボ対照の非劣性試験であること

②対象患者は糖尿病罹病期間が長く、心血管ハイリスク患者であること。また禁忌とならない限りにおいて腎機能障害を有する患者も組み入れていること。

③承認後臨床試験では非劣性マージン1.3、承認前臨床試験では非劣性マージン1.8

④一次アウトカムは心血管死亡、心筋梗塞脳卒中の複合アウトカム(一部研究では不安定狭心症による入院など他の心血管アウトカムを含む。これはいわゆるMACEと略される複合アウトカムである。)

これらの共通点が存在するのは、いずれの研究も、とあるガイダンスに従っているためである。

[糖尿病治療薬に関するFDAの2008年]

米国食品医薬局(FDA)は2008年に『2型糖尿病の治療のための新しい糖尿病薬による治療における心血管疾患のリスクを評価』というガイダンスを発表している。

Guidance for Industry Diabetes Mellitus — Evaluating Cardiovascular Risk in New Antidiabetic Therapies to Treat Type 2 Diabetes

このガイダンスが作成された背景には、チアゾリジン薬が心不全のリスクを高めるとの研究が相次いで発表されたことにある。2008年7月にはFDA諮問委員会がチアゾリジンによる心臓疾患リスク増大の可能性を認め、その勧告ならびにガイダンスが作成された。8)簡単に要約すると以下の通りである。

■新規臨床研究デザイン段階

新規2型糖尿病治療薬における安全性を確立するために、製薬企業は許容できない心血管リスクの増加が無いことを示さなければならない。

製薬企業は、フェイズ2、フェイズ3試験において、盲検様式を用いて、独立した心血管エンドポイント評価委員会を設立すべきである。心血管イベントは、心血管死亡、心筋梗塞脳卒中を含めるが、急性冠症候群による入院、血行再建術、あるいは他のアウトカムを含めることもできる。

製薬企業は、研究終了後、メタ分析を行うために、フェイズ2、フェイズ3を適切にデザインする必要がある。また、リスクの臨床的意義の推定を可能にするのに十分なエンドポイントを得るために、フェイズ2及びフェイズ3試験では、心血管イベントリスクの高い患者を含める必要がある。例えば、腎機能障害、罹病期間の長い患者、高齢患者など。これらの患者背景を有する集団では、実際に治療薬を投与される可能性が高く、被験薬の安全性評価において、若年健常者よりも適している。

製薬企業は評価されるエンドポイントの統計的方法を記載するプロトコルを提供する必要がある。製薬企業はフェイズ2、フェイズ3の比較臨床試験全体で重要な心血管イベントのメタ分析を実行し、可能な場合、類似性および/またはサブグループの違い(例えば、年齢、性別、人種)を探るべきである。

■新薬申請前

製薬企業は重要な心血管イベントの発症について比較を行うべきである。コントロール群で発症する心血管イベントに対して治療薬の両側95%信頼区間の上限が1.8以下になることを示す必要がある。とはいえ、研究手法に関係なく、リスク増加について慎重になるべきである。例えば、95%信頼区間上限が1.8未満であった場合でも、1.5(名目上有意な増加)の点推定値を示した場合、懸念が払拭されたわけではない。市販前においては推定リスクの増加が95%信頼区間の1.3~1.8の間にあることを示しているが、市販後における全体的なリスクベネフィット解析では、1.3未満であることを示す必要がある。この臨床試験は市販後安全性試験として必須である。

 

つまり、新規糖尿病治療薬におけるFDAガイダンスでは、

①フェイズ2、フェイズ3からメタ分析や単一の安全性試験において、独立した心血管イベント評価委員を設置すべき。

②評価項目については心血管死亡、心筋梗塞脳卒中であるが、急性冠症候群による入院、血行再建術や他の心血管エンドポイントを含めることができる。

③調査対象母集団は心血管リスクの高い患者とすべき。(例えば罹病期間が長い、高齢者、腎障害)

④研究はメタ分析を想定してデザインせよ。

⑤統計手法を説明するプロトコルは公開せよ。メタ分析時にはリスクが1.8を超えるものは除外されるべきであり、その後の臨床試験では1.3未満であることが要求される。

肝心の非劣性マージン1.8及び1.3の論拠は以下の通りである。9)

・短期試験における血糖コントロールにおいて、初期の段階では、高血糖の関連する症状を軽減し、長期的な微小血管合併症を低下させるなど、について不確実な状態にあり、心血管リスクの増加に関して許容範囲が高い(1.8を閾値

閾値1.3は心血管リスクの増加を許容しない場合に用いられてきたが、この基準を承認前に設定すると、新薬承認が大幅に遅延する可能性がある。

あまり厳しく設定してしまうと、新薬の承認が大幅に遅れてしまうという事情もあるようだ。またマージンを小さくするとサンプルサイズが増えるあたりも、研究デザインの現実性を考慮しているなどの影響があるのだろう。(参考)非劣性試験に潜む問題点

しかし、僕のナイーブな感覚によれば、心血管疾患を30%も増やす薬が果たして治療薬と言えるのか、微妙なところである。この1.3の根拠について調べてみたが詳しいことはよくわからない。

[非劣性かどうかは認識論的問題である]

非劣性マージン設定根拠にどんな理由があるにせよ、例えばP=0.05を境に有意差「あり」「なし」のように、非劣性かどうかは30%のリスク増加か、否かでやや恣意的に決められているという側面はあろう。薬剤効果が”偶然か””必然か”を5%という恣意的な値で分節するように、この非劣性マージンもまた「人」が設定する限りにおいて、非劣性なる薬剤は存在論的身分を持たないと言える。それは極めて認識論的な薬剤効果であり、恣意的な分節であろう。

FDAのガイダンスに従わねば、今後新薬の承認は困難である。したがって、このガイダンスが存在する限り、このような研究デザインで臨床試験が組まれ続けるだろう。非劣性検討を主眼においた研究で、たとえ優越性が示されたとしても、一般的な仮説検証型ランダム化比較試験の結果と同列に評価してよいかどうかは意見の分かれるところであるかと思う。

これら糖尿病薬の非劣性試験はFDAに義務付けられた安全性解析であって、有効性に対する仮説検証試験とやや異質という感じは否めない。つまりそもそも研究の目的が違うのだ。このような研究自体を実施せねばならないのは致し方ないとしても、この研究にかかるコストと時間があれば、仮説検証型ランダム化比較試験も実施することもできたはず。異論はあるかもしれないが、FDAのガイダンスに従うだけの非劣性試験に注力することは、有限なリソースを有効に活用しているとは言い難いのではないか、そんな風に思ってしまう。非劣性検討での優越性あり、という解釈に苦しむ研究結果が量産されること、またそのメタ分析が糖尿病の薬物治療の客観的知識を構築してくのだ、と考えたときに、なにがしかのバイアスの存在を憂うるのは僕だけだろうか。

[参考文献]

1) Scirica BM ,et.al. Saxagliptin and cardiovascular outcomes in patients with type 2 diabetes mellitus. N Engl J Med. 2013 Oct 3;369(14):1317-26. PMID: 23992601

2) White WB, et.al. Alogliptin after acute coronary syndrome in patients with type 2 diabetes. N Engl J Med. 2013 Oct 3;369(14):1327-35. PMID: 23992602

3) Green JB, et.al. Effect of Sitagliptin on Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2015 Jul 16;373(3):232-42. PMID: 26052984

4)Pfeffer MA,et.al. Lixisenatide in Patients with Type 2 Diabetes and Acute Coronary Syndrome.N Engl J Med. 2015 Dec 3;373(23):2247-57. PMID: 26630143

5) Zinman B,et.al. Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2117-28. PMID: 26378978

6) Marso SP,et.al. Liraglutide and Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2016 Jul 28;375(4):311-22. PMID: 27295427

7) Marso SP.et.al. Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Patients with Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2016 Sep 15. [Epub ahead of print] PMID: 27633186

8) Brass EP. The Food and Drug Administration and the Future of Drug Development for the Treatment of Diabetes. Diabetes Spectr. 2014 May;27(2):75-7. PMID: 26246760

9) Yang F.et.al. Type 2 diabetes mellitus development programs in the new regulatory environment with cardiovascular safety requirements. Diabetes Metab Syndr Obes. 2015 Jul 20;8:315-25. PMID: 26229496