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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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薬剤効果に関する思想的立場「構成的実在論」の提唱

論文「薬剤効果の構成的実在論が地域医療ジャーナルに掲載されました。

cmj.publishers.fm

薬剤効果の構成的実在論は、僕が思索を続けてきた薬剤効果に対する思想的立場であり、実臨床で薬剤効果を考えていくうえでのメタ原理となるものです。この思想的立場から導出されるのは、医療における多元主義であり、そこから「薬剤効果の曖昧性」「開かれた医療」という概念の構築に取り掛かっています。

地域医療ジャーナルでは既に「開かれた医療とその敵」という連載で、これら概念の実臨床での適用を模索しています。また㈱南山堂さんの薬剤師向け季刊誌「レシピプラス Vol.16 No.1 」に掲載の “臨床疑問のゆくえ”でも薬剤効果の曖昧性という概念を紹介しましたので、ぜひ読んでいただけましたら幸いです。

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レシピプラス Vol.16 No.1 高齢者が訴えるかぜ症状

レシピプラス Vol.16 No.1 高齢者が訴えるかぜ症状

 

 

薬剤効果の構成的実在論のベースとなったのは当ブログ2016年03月18日の記事「薬剤効果の形而上学」です。

syuichiao.hatenadiary.com

この記事について、哲学・教育学分野の研究者、桐田敬介先生よりブログでコメントをいただいています。

yohaku.hatenablog.com

 

『実在性realityとは人間の関心に応じて現象を操作し加工し析出することで得られる「効果」effectであると考えてみたらどうだろう』

『薬剤効果は、薬学的現象の規則性についての妥当性判断、その存在定立なのである』

薬剤効果の構成的実在論ではある種の社会構成主義、あるいは観点主義の立場をとります。つまり人の関心に応じて、現象を考えていく、そんな側面があります。またその実在性はハッキングの介入実在論[1]を否定しません。存在論的薬剤効果を強力に擁護しないが、認識論に偏在しない、そんな立場なんです。

この論文に関して、地域医療ジャーナルの査読システムであるパブリックレビュー時にいただいた指摘に応答しておきたいと思います。指摘の概要は、概ね以下の通りです。

・科学とは、仮説を立てて検証することの繰り返しである

・理論的に説明がつくことが科学なのではなく、理論的根拠と実証的根拠は並列に論じられるものではない

・どれだけ強固な理論的裏付けのあるけ説であっても、一度の実証研究で否定されれば間違いである

・我々は常に、実証的証拠を個々の患者に応用していくべきである

薬剤効果、特に有効性については、異論は多くありません。ただし有害事象についてはどうでしょうか。あるいは薬物相互作用についてはどうでしょうか。有害事象や相互作用については実証的知見は限定的です。我々は臨床判断においてしばしば理論的根拠を適用することもあるはずです。臨床判断をめぐる理論的根拠/実証的根拠の二元論はナンセンスであろう、というのがこの構成的実在論の核心です。臨床判断においてはいずれの成分も互いにまじりあい、厳密な区分は不可能ではないでしょうか。

ご指摘いただいた内容は、思想的立場で言えば「論理実証主義」に近しいものではないかと思います。カルナップをはじめとする論理実証主義の主張を端的に要約しますと、意味のあるまともな命題は、経験によって検証される命題、およびそのような命題に還元される命題のみである、ということです。ヴィトゲンシュタインの「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」というテーゼに代表されるように、物事の真理は経験的に検証可能な命題のみということを主張しています。

しかし、本当にそうでしょうか。論理実証主義に対する批判はクワイン[2]が有名ですが、仮説から、そのとき予想される結果を導き出すには、必ず補助的な仮説が必要なのです。つまり単独の仮説一つを検証することは不可能であり、実証研究で否定的な結果が出たとしても、その仮説そのものが否定されたと決定づけることができません。

例えば薬剤Aが糖尿病の合併症を予防するという仮説(H)を立て、プラセボと比較したランダム化比較試験を行うとしましょう。その結果、糖尿病合併症予防効果に対してAとプラセボで差が無かったとしたら、Aには効果が無いと決定づけることができるでしょうか。

Hには実は、多くの補助仮説が含まれています。補助仮説とはこの場合、端的に言えば、研究の除外基準と言っても良いかもしれません。心血管疾患の既往のある人や高齢者が除外されていたのなら、そうした患者での効果は反証されません。また統計的過誤も考慮しなくてはいけません。そもそも“統計的有意差なし”というのは帰無仮説が棄却できることを意味しません。

つまり仮説を検証した結果、仮説が反証されたとしても、仮説言明に含まれている補助仮説のうち、どの仮説が反証されたのか決定できないということです。したがって、実証研究で否定的な結果が出たとしても、必ずしも薬剤効果を否定することにはならないのです。まあ、これは少々屁理屈かもしれませんし、実証研究で有効と言う結果が出た際にも同様のことが言えるのですが…。しかし有効性ならともかく、有害性について考えたときには、なかなか切実ではないでしょうか。一つの研究で害が示されなければ、安全と結論できるか?と問うてみれば、事の重大性が分かりやすいと思います。

[参考文献]

[1]  Ian Hacking. 表現と介入: 科学哲学入門 (ちくま学芸文庫)

[2] Willard Van Orman Quine. 論理的観点から―論理と哲学をめぐる九章 (双書プロブレーマタ)