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コリンエステラーゼ阻害薬と抗コリン薬の処方カスケードについて

「処方カスケード」なる現象は実在するのだろうか。薬剤追加は薬物有害反応が真の原因なのだろうか。そんなことを少し調べている。今回はコリンエステラーゼ阻害薬と抗コリン薬の処方カスケードについて。

 ■処方カスケード[認知症コリンエステラーゼ阻害薬▶頻尿▶抗コリン薬]

 コリンエステラーゼ阻害剤の使用は、頻尿症状の管理のために抗コリン薬の追加処方を受けるリスクが増加するといわれている。2005年に報告されているコホート研究では、コリンエステラーゼ阻害薬を投与されている認知症患者では、抗コリン薬の追加処方が1.55倍多いことが報告されている。[1]

  本研究は、44,884 例の認知症を有する高齢者を対象とした後ろ向きコホート研究である。コリンエステラーゼ阻害薬を投与された20,491例とコリンエステラーゼ阻害剤を投与されなかった24,393例が比較されている。頻尿症状をコントロールするための抗コリン薬の追加処方を一次アウトカムに設定した。交絡調整後、コリンエステラーゼ阻害薬を投与された認知症を有する高齢者では、抗コリン薬の追加処方が、コリンエステラーゼ阻害薬を投与されていない人に比べて有意に多かった。 (4.5% vs 3.1%; P<.001;調整ハザード比1.55[95% 信頼区間1.39-1.72]

■そもそもコリンエステラーゼ阻害薬による頻尿症状はどれくらいか?

  理論上は頻尿症状から尿失禁をきたす可能性のあるコリンエステラーゼ阻害薬であるが、その頻度についてはあまり報告が見当たらない。ドネペジルで治療したアルツハイマー病患者94人のうち、7人例で尿失禁をきたしたと報告されている。[2]

  また、コリンエステラーゼ阻害薬の使用がアルツハイマー認知症を有する高齢者の尿失禁リスクと関連するのかを検討したコホート研究[3]が報告されている。本研究では、50歳以上で、過去6か月間に尿失禁がなく、研究機関中に初めてコリンエステラーゼ阻害薬を投与され、少なくとも12か月以上投与された患者3154例が対象となった。コリンエステラーゼ阻害薬を使用している期間と、使用していない期間を比較した結果、コリンエステラーゼ阻害薬による尿失禁の調整ハザード比1.13[95%信頼区間0.97~1.32]であり統計的な有意差を認めなかった。

■そもそも認知症では尿失禁リスクが高い

 コリンエステラーゼによる薬物有害反応としての頻尿、尿失禁は想定できるものの、そもそも認知症では尿失禁のリスクが高いことが示されている。台湾の研究[4]では、アルツハイマー認知症を有する933人のコホートと、アルツハイマー認知症を有さない2799人のコホートを比較した結果、尿失禁のリスクはアルツハイマー認知症コホートで有意に高かった。(ハザード比1.54[95%信頼区間:1.13-2.09])

  なお、尿失禁をもたらすと考えられる薬剤はコリンエステラーゼ阻害薬に限らない。オーストラリアの退役軍人コホートを用いたPrescription sequence symmetry analysis[5]では、オキシブチニン追加投与のリスクはCCBs、ACEIs、ARBs、および睡眠鎮静剤で認められた。そのリスクはACEIの1.28(95%CI = 1.19-1.39)からベラパミルの1.59(95%CI = 1.29-1.96)まで出会った。本研究ではコリンエステラーゼ阻害薬使用との関連性示されなかった。

 ■コリンエステラーゼ阻害薬と抗コリン薬の併用投与は多い。

  アイオワ州メディケイド受給者においてコリンエステラーゼ阻害剤を投与された50歳以上の557人のうち、197人(35.4%)が抗コリン作用薬を投与されていた。[6] また、コリンエステラーゼ阻害剤を服用している3,251人のメディケイド受給者の大部分(46.7%)が抗コリン薬を併用していたと報告されている。[7]

  なお、ドネペジルを処方されている認知症患者では、ドネペジルを服用していない患者よりも抗コリン薬を処方されることが多いことが、65歳以上の8356人の患者を対象とした後ろ向き研究[8]で示されている。本研究ではドネペジルを服用していた418例と、ドネペジルを服用していない418例を比較している。その結果、抗コリン薬の使用はドネペジル服用あり群33.0%、ドネペジル服用なし群23.4%(P = .001)であった。

 ■抗コリン薬が認知機能に与える影響

65歳以上で認知症のない3434例を対象としたコホート研究で[9]は、抗コリン薬使用はアルツハイマー認知症リスクを増加させることが示されている。

 ・TSDDs 1 ~90:調整ハザード比0.92 (95%信頼区間 0.74-1.16)

・TSDDs 91~365:調整ハザード比1.19 (95%信頼区間0.94-1.51)

・TSDDs 366 ~1095; 調整ハザード比1.23 (95%信頼区間0.94-1.62)

・TSDDs 1095超:調整ハザード比1.54 (95% 信頼区間1.21-1.96)

 また、65歳以上の3,665人を対象とした前向きコホート研究[10]では、抗コリン薬(オキシブチニンまたはトルテロジン)とコリンエステラーゼ阻害薬の併用投与はコリンエステラーゼ単独投与に比べて機能低下リスクが高いことが示されている。

コリンエステラーゼ阻害薬と抗コリン薬の併用は処方カスケードなのか。

 処方カスケードという概念自体は原因薬剤と追加薬剤との間に「因果関係」の存在を前提としている。しかしながら本事例において、その因果を決定づけることは難しいかもしれない。そもそも認知症では尿失禁が多く、また、高齢になるに従い両病態は併存する。したがって、必ずしもカスケードとして処方が連鎖したわけではなく、それぞれの病態にたいして薬剤が処方された可能性は十分にありうる。とはいえ、抗コリン薬が認知機能に与えるリスクなどを考慮すると、認知症患者における両剤の併用についてはその治療妥当性の評価に熟慮を要することは間違いない。

[参考文献]

[1] Gill SS.et.al. A prescribing cascade involving cholinesterase inhibitors and anticholinergic drugs. Arch Intern Med. 2005 Apr 11;165(7):808-13. PMID: 15824303

[2] Hashimoto M,.et.al. Urinary incontinence: an unrecognised adverse effect with donepezil. Lancet. 2000 Aug 12;356(9229):568. PMID: 10950240

[3] Kröger E.et.al. Treatment with rivastigmine or galantamine and risk of urinary incontinence: results from a Dutch database study. Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2015 Mar;24(3):276-85. PMID: 25652526

[4] Lee HY.et.al. Urinary Incontinence in Alzheimer's Disease. Am J Alzheimers Dis Other Demen. 2017 Feb;32(1):51-55. PMID: 28100075

[5] Kalisch Ellett LM.et.al. Risk of medication-associated initiation of oxybutynin in elderly men and women. J Am Geriatr Soc. 2014 Apr;62(4):690-5. PMID: 24635879

[6] Carnahan RM.et.al. The concurrent use of anticholinergics and cholinesterase inhibitors: rare event or common practice? J Am Geriatr Soc. 2004 Dec;52(12):2082-7. PMID: 15571547

[7] Modi A.et.al. Concomitant use of anticholinergics with acetylcholinesterase inhibitors in Medicaid recipients with dementia and residing in nursing homes. J Am Geriatr Soc. 2009 Jul;57(7):1238-44. PMID: 19467148

[8] Roe CM.et.al. Use of anticholinergic medications by older adults with dementia. J Am Geriatr Soc. 2002 May;50(5):836-42. PMID: 12028169

[9] Gray SL.et.al. Cumulative use of strong anticholinergics and incident dementia: a prospective cohort study.JAMA Intern Med. 2015 Mar;175(3):401-7.PMID: 25621434

[10] Sink KM.et.al. Dual use of bladder anticholinergics and cholinesterase inhibitors: long-term functional and cognitive outcomes. J Am Geriatr Soc. 2008 May;56(5):847-53. PMID: 18384584