思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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科学哲学を学びたい人におススメの書籍10冊

 ACCORD試験(N Engl J Med 2008; 358: 2545-2559)という糖尿病の臨床試験があります。糖尿病の治療ではHbA1cを厳格にコントロールすることが大事である、というそれまでのコンセンサスに対して、それを否定するような研究結果を学界に突き付けました。しかし、この研究結果が報告されて以降、類似の研究報告が相次いだにも関わらず、糖尿病の診療が大きく変わったという事はありませんでした。 

 今年に入り、ようやくHbA1c目標値を7~8%とする推奨が米国内科学会から発表されました。ACCORD試験報告から実に10年の歳月が経過しています。

 現代西洋医学はもちろん科学に含まれる客観的な知識の体系ではあります。それは経験的な事実(実験データ)によって検証され、より正しい理論体系へと前進していくことが期待されるわけです。そして、人はその過程を科学の発展、あるいは医学の発展と呼んできました。

 しかし、実際には、既存の理論を否定するような実験結果が出ても、その理論はすぐには棄却されない。むしろ、アド・ホックな修正を加えて、少なからず生きながらえるのです。僕はこうした理論的知識と現実のギャップ、そして客観的な知識における客観性とは一体なんなのか、という興味から『科学哲学』にのめり込んでいきました。

 ここ最近、書籍の紹介ばかりしていますが、科学哲学を学びたい人におススメの書籍をご紹介したいと思います。

 

【入門編】

 科学哲学全般について学べる入門書は、以下3冊がおススメです。どれか1冊でも精読すれば、この分野における基礎的な知識は網羅できるはずです。いずれも哲学のバック グラウンドがなくても十分理解できるよう丁寧な解説がなされている良書です。

理系人に役立つ科学哲学

 

科学哲学への招待 (ちくま学芸文庫)

科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる (NHKブックス)

【中級編】

 入門編で紹介した書籍の内容が一通り理解できたら、以下の3冊はとても興味深く読むことができると思います。

 

疑似科学と科学の哲学

 科学のようで科学でない疑似科学を考察しながら「科学とは何か」を解き明かしていく科学哲学の教科書です。科学と疑似科学の境界設定というテーマはニセ医学と正統医学の境界というテーマにもつながります。

プラグマティズムの思想 (ちくま学芸文庫)

 科学哲学を学ぶうえで、避けて通れない思想的立場、プラグマティズムに関する入門書です。科学的思考とは何か、プラグマティズムから学ぶことは多いです。

構造主義科学論の冒険 (講談社学術文庫)

 ”科学は同一性を追求する試みに過ぎず、真理の追求ではない” という池田清彦先生の科学論は、科学哲学を学ぶうえでも貴重な示唆となるでしょう。僕自身、とても影響を受けた本です。

【発展編】

 以下では、科学哲学に関する研究書や分野横断的な書籍の中でも、比較的読みやすく、科学哲学の文脈で重要なテーマを扱った書籍4冊を取り上げます。

 

科学的実在論を擁護する

 科学的実在論争における様々な思想的立場を丁寧に紹介した書籍。日本語で読める文献が非常に少ないこともあり、とても貴重な一冊。科学哲学を深く学びたい人には是非おススメしたいです。

科学哲学入門―知の形而上学

 「入門」と銘打っていますが、本格的な研究書ともいえる内容です。前半では論理実証主義からクーンのパラダイム論までの流れが非常に分かりやすく解説されています。後半に展開される科学知識の社会構成主義に関する話題は必見です。

科学の解釈学 (講談社学術文庫)

 ハンソンとクーンに代表される「新科学哲学」、クワインの「知識の全体論」、ウィトゲンシュタインの「アスペクト知覚論」という3つの軸から、解釈学的営為としての科学とは何かを探究する野家先生の論文集。野家先生の「物語の哲学」と科学哲学を接続するという観点からも、とても示唆深い内容です。文学と科学、その境界線に迫るその論旨は圧巻です。

表現と介入: 科学哲学入門 (ちくま学芸文庫)

「知」の巨匠、イアン・ハッキング先生による科学哲学の解説書。「介入実在論」を通じて、新しい存在論への思索を切り開く名著です。