思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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【書籍紹介】薬物依存症 シリーズ ケアを考える

薬物依存症 シリーズ ケアを考える

薬物依存症 (ちくま新書)


松本 俊彦 (著) 筑摩書房 (2018/9/6) 新書・350ページ 本体本体980円

『痛みは人を孤立させ、孤独は薬物を吸い寄せる、そして薬物はその人をますます孤立させるのだ』(薬物依存症 シリーズ ケアを考えるp20)

 初めて煙草を吸った時のことを思い出してみる。もう、ずいぶんと昔の記憶だ。そこには親しかった友人がいた。面白半分で煙を口に含んでみたけれど、別に煙草が美味いとは思わなかった。煙を口に含むだけでなく、勇気を出して吸い込んでみたら、激しくむせて辛かった。口の中がものすごく苦くて、正直こんなものに依存するとか意味が分からない、って思った。それから数年後、僕はいわゆるへビースモーカーになった。

 

 習慣的に煙草を吸うようになったきっかけを僕は覚えている。それは自分の部屋で煙草に火をつけた時だ。その部屋には僕一人だけだった。机の引き出しの奥にしまってあったソフトケースを取り出すと、煙草を1本を口にくわえ、ライターで火をつける。この時も、決して煙草が美味いとも思わなかったけど、吐き出した煙に、なぜだかホッとした。とても辛い時期だった。ただ、時間だけは沢山あった。

 

  ホッとする感覚を得る。それだけだった気がする。最初は1日3本までと決めていた。当時、僕の生活環境は大きく変わり、人間関係もまた変わった。そして友人の多くが喫煙者だった。煙草を吸っているだけで、友人と過ごす時間が楽しかったし、少しだけ世界が分かったふうな気がして、妙な安心感に心酔した。そして、いつしか煙草が美味いと感じるようになった。

  

 人は誰でも日々の生活の中で問題を抱えている。そして、生活が破綻しないようにと、その問題に様々な方法で対処している。例えば、人とのつながりによって、日々のストレスを解消したり、趣味に打ち込んだり、音楽を聞いたり。あるいはどこか遠くへ行って自分だけの時間を楽しむ人もいるかもしれない。いろいろな方法があるけれど、こうした方法を満足に行える人は限られている。そもそも人が信用できない、あるいは人とのつながりにストレスを感じてしまう人も少なくない。また、趣味や遠くへ行けるだけの時間的、経済的余裕がない人だって多いはずだ。

依存症とは、本質的に「人に依存できない」人がなる病気 …(中略)… 単に「人に依存できない」病なのではなく、安心して「人に依存できない」病である。(薬物依存症 シリーズ ケアを考えるp323)

 

 良い大人が誰かに依存するなんてカッコ悪い。“自分の問題は自分で解決しなければ人として成長できない”というような、ある種の強迫観念が、当たり前のように僕らの感情に染みついている。

 社会はいつだって、その都度の平均値のかたまりだ。平均値をこなせないのは、自分の努力が足りないせいであって、それを他人のせいにしてはいけない、そう思ってしまう。だから、平均点が取れないことを、直接的であれ、間接的であれ、誰かに指摘されるたびに、「ああ、自分ってダメだな」ってなって思ってしまう。そんな出来事が繰り返されるたびに、“生きにくさ”がどんどん増えていく。

  “頑張る”が美徳な世界で、気持ちに蓋をしたまま、疲れ果てていく人はきっとたくさんいる。“いいわけ”がネガティブに捉えられる社会で、無理をして疲弊してしまう人がたくさんいる。そして、人に依存しないで頑張って生きた果てに、心はボロボロになってしまう。それでも社会は前に進めと要請してくる。だから心の松葉杖を片手に、ボロボロになりながらも歩き続けることになる。いつしか、松葉杖が無ければ歩けなくなってしまう。

 こうして人は人間はなく、モノに依存するようになっていく。喫煙、飲酒……そして薬物。あるいは依存できるモノさえ見つけられなかった人は自死を選ぶこともあろう。

 

 “生きにくさ” それは決して薬物依存症患者だけの問題ではない。程度の差はあれ、多くの人が“生きにくさ”を抱えて生きている。身体的、環境的、精神的、いろいろな“生きにくさ”がある中で、時に泣きそうになるくらい辛くなって、お酒を飲んだり、1人静かな場所で過ごすこともある。でも、大抵は「自分ができていないからダメなんだよね」とか「しょうがないよね、この環境から逃げるわけにはいかないし」と、自分の気持ちに蓋をしてしまう。そんな毎日が繰り返されることで、少しずつ心が自立できなくなっていく。

 

 「依存」という言葉だけを取り出すと、どうしてもポジティブな価値を感じない。依存すること自立していることを比較すると、やはり自立していることの方が人として大切なことのように感じてしまう。

――自立とは依存先を増やすこと。 

 モノだけで自身の苦境を支えようとしてはいけない。生きづらさからの脱却、その支援を行うこと。「生きにくい」を少しでも「生きやすい」に変えていく、医療者のミッションはここにある。