思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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交絡を考えるとはどういうことか~疫学を学びたい人におススメの書籍3冊

 地域医療ジャーナル 2019年04月号 vol.5(4) 『次なる世界へ』が発刊されております!

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 僕は睡眠時間と健康関連問題について『僕らは一体、どれくらい眠れば健康的に過ごすことができるのか?』という論考を投稿させていただきました。

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 これまでに報告された複数の観察研究を参照しながら、睡眠時間と健康関連問題について考察しています。

 観察的な研究データを読み解くうえで、僕が大切にしていることの一つが『検討されている研究対象集団は、どんな曝露を有している可能性の高い集団なのか想像してみる』ということです。例えば、睡眠時間の長さがもたらす主観的な健康へ影響を検討するため人自記式のアンケート調査を行ったとしましょう。その仮想結果を以下に示します。

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 このアンケート調査の結果をみると、7~8時間睡眠の人たちで主観的な健康状態が最も良く、それよりも短くても、逆に長くても悪いという結果になっています。横軸に睡眠時間、縦軸に健康状態が良くないと回答した人の割合をとれば、ちょうどU字型になるイメージです。
 では、この結果をもってして、睡眠時間が短いこと、もしくは長いことが健康へ悪影響をもたらすと言えるでしょうか?

 

 何はともあれ、観察的研究データを前にしたら、検討されている研究対象集団は、他にどんな曝露を有している可能性があるのだろうって、考えてみるんです。この調査結果で言えば、睡眠時間が短い集団(あるいは長い集団)ってどんな曝露を有している可能性が高いのか、つまりどんな背景因子をもった集団なのだろう?というように。

 睡眠時間が短くなってしまう要因として、不眠症などの精神疾患を有する人、あるいは過酷な労働環境を強いられている人などが挙げられるかもしれません。睡眠時間が長くなってしまう要因としては寝たきり状態などが挙げられるでしょう。

 つまり、短時間睡眠、あるいは長時間睡眠が主観的な健康状態の悪化をもたらしているというわけではなく、睡眠時間が短くなる、あるいは長くなる要因が、睡眠時間とは独立して健康状態の悪化をもたらしているという可能性が高いわけです。

 

 調べようとしている曝露以外の要因で、健康状態に影響を与える因子を疫学では「交絡因子」と呼びます。このケースでは、調べようとしている曝露は「睡眠時間」でしたが、主観的な健康状態に影響を与えている睡眠時間以外の曝露としてあげられる「精神疾患」や「長時間労働」、「長期臥床状態」は交絡因子に該当します。もちろん年齢や飲酒状況などの生活習慣、社会経済的環境など、関連しそうな因子は多岐にわたるものと考えられます。このような様々な交絡因子により、曝露と健康状態の関連性が過大または過小に評価されてしまう現象を「交絡」と呼びます。

 

 ”交絡を考える”とは、『検討されている研究対象集団は、どんな曝露(交絡因子)を有している集団なのか想像してみる』ということであり、それはまた、観察的な研究データに示された曝露と健康状態の関連が、因果関係ではなく見かけの関連に過ぎないことを見抜き、真の原因がどこにあるのかを探究するプロセスに他なりません。

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  疫学という学問が提供してくれる『交絡』という概念は、医療・健康情報を読み解くうえで、とても有用な考え方の枠組みを提供してくれるように思います。そんな疫学ですが、日本語で学ぶことのできる体系的な教科書は決して多くはありません。

 疫学を初めて本格的に学びたい方へ、僕がおすすめしたいのは以下3冊です。

■基礎から学ぶ楽しい疫学

基礎から学ぶ楽しい疫学

 日本語では混同しやすい「率」「比」「割合」を、明確に解説している書籍はそれほど多くはありません。疫学を学ぶうえで基本的かつ重要概念はこの1冊で整理できるかと思います。

■疫学-医学的研究と実践のサイエンス-

疫学 -医学的研究と実践のサイエンス-

 疫学的研究デザインのメリットとデメリット、研究結果をゆがめうるバイアス、スクリーニングの問題点など、分かりやすく詳述されており、本格的に疫学を学びたい人には是非お勧めしたい1冊です。

■ロスマンの疫学ー科学的思考への誘い

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

 『因果パイモデル』、『誘導時間』など、疫学の奥深さを垣間見ることができる貴重な教科書。”交絡の層を1枚1枚はがすにつれて、徐々に生物学に内在した、深遠な原因の理解に近づく”。日本語で『疫学的思考』を学ぶことができる唯一無二の存在と言えるかもしれません。