思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

カウンター カウンター

日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」について

 「高血圧治療ガイドライン2019」が日本高血圧学会より発行された(制作・販売はライフサイエンス出版)。5年ぶりとなる本改訂では、高血圧の疫学から具体的な治療推奨まで、全14章17個のCQで構成され、引用された論文総数は1700文献である。

《日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会 高血圧治療ガイドライン2019》

高血圧治療ガイドライン2019

 我が国の高血圧有病割合は40~74歳で男性60%、女性41%、75歳以上では男性74%、女性77%である。その有病割合の高さから、同ガイドラインが日本の医療に与えるインパクトはかなり大きい。高血圧治療を論じるうえで必読の1冊であることに間違いない。

 以下では、本ガイドライン記載事項の中でも、影響力の大きな推奨事項について、簡単に整理しておく。

■推奨されている目標血圧:130/80mmHg
 ・推奨の強さ2(弱く推奨する)
 ・エビデンスの強さB(中等度の確信がある)

 本ガイドラインのシステマティック・レビューでは、PubMed、Cochran library 医中誌が2018年3月31日まで検索され、ランダム化比較試験19件を解析している(解析対象55529例)。主な結果は以下の通り。

f:id:syuichiao:20190425163920p:plain

 (高血圧治療ガイドライン2019より筆者作成)

 解析に組み入れられた研究のウェイトとしては、2015年に報告されたSPRINT試験が13.5%と最大である。

SPRINT Research Group, Wright JT Jr, et al : A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2103-16. PMID: 26551272

 同試験において、収縮期血圧の目標値を120 mmHg 未満とする強化治療群は、140 mmHg 未満とする標準治療群と比較して、心筋梗塞/その他の急性冠症候群/脳卒中/心不全/心血管系の原因による死亡の複合心血管アウトカムが有意に低下した(1.65%/年 対 2.19%/年,強化治療群のハザード比 0.75[95%信頼区間 [CI] 0.64~0.89]0)。

 とはいえ、この研究結果については、『血圧測定環境が日本の一般臨床とは異なること, 臨床研究という慎重な観察のもとで行われた降圧治療』との指摘[1]があり、研究結果の適応には注意を要する。

 なお、降圧治療において、過高圧となる血圧レベルについては収縮期血圧で120mmHg未満(ただし高齢者では130mmg未満)」とされている。

■高血圧患者における減塩目標値:6g/日未満
 ・推奨の強さ1(強く推奨する)
 ・エビデンスの強さA(強く確信がある)

 本推奨の解説部分には以下の論文が引用され図表(図CQ4-1)が掲載されている。

Graudal N, et al : The significance of duration and amount of sodium reduction intervention in normotensive and hypertensive individuals: a meta-analysis. Adv Nutr. 2015 Mar 13;6(2):169-77. PMID: 25770255

  この研究はランダム化比較試験167研究のメタ分析で、食塩摂取量の高値と低値を比較して血圧の平均差を検討したものである。確かに食塩摂取低値で血圧の有意な低下が認められており、降圧の観点から塩分制限が重要なことは理解できる。しかし、減塩によって死亡リスクや心血管疾患リスクはどう変化するのだろうか。

 本ガイドラインのレビューにも、『食塩摂取量と脳心血管イベント、脳血死、全死亡との直接的関係を検討した長期介入試験はない』と記載されている。

 引用されている文献は全て観察研究によるものであり、その解釈には注意が必要かもしれない。塩分摂取に気を付けている集団では、そうでない集団と比較して、健康への関心が高く、予防的医療サービスを積極的に受けている可能性が高く、潜在的に死亡リスクが低い可能性がある。

■75歳以上の高齢者
▸推奨されている降圧目標:忍容性があれば収縮期血圧140mmHg未満
 ・推奨の強さ1(強く推奨する)
 ・エビデンスの強さA(強く確信がある)
▸フレイル、要介護状態にある高齢者:降圧目標は個別判断
 ・推奨の強さ2(弱く推奨する)
 ・エビデンスの強さD(とても弱い)
▸エンドオブライフにある高齢者:予防改善を目的とした降圧薬の予防適応なし

 ・推奨の強さ2(弱く推奨する)
 ・エビデンスの強さD(とても弱い)

  75歳以上の高血圧患者の治療目標について、本ガイドラインのシステマティックレビューによれば、『75歳以上で130mmHg未満の有用性を検証できる試験は、糖尿病合併患者と脳卒中既往者を除いた試験であるSPRINT(PMID:27195814)とラクナ梗塞患者を対象としたSP3(PMID:23726159)しかなく、75歳以上について130mmHg未満を推奨できるか否かを検証することは出来ない』としている。

  75歳以上で140mmHg未満を推奨できるか検証したシステマティックレビューの結果、標準降圧群と比較して積極降圧群で、心血管イベント(オッズ比0.83[95%信頼区間0.64~1.07])脳卒中(0.88[0.69~1.12])が低下する傾向にあり、総死亡(0.73[0.61~0.86])心血管死亡(0.59[0.45~0.76])が有意に低下した。重篤な有害事象は1.02[0.89~1.17]と有意なリスク増加を認めなかった。

 2017年に報告されたランダム化比較試験4研究のメタ分析でも、60歳以上の高齢者において収縮期血圧で1​​40 mm Hg未満を目指す降圧治療のベネフィットが示されている。

 Bavishi C.et.al. Outcomes of Intensive Blood Pressure Lowering in Older Hypertensive Patients. J Am Coll Cardiol. 2017 Feb 7;69(5):486-493. PMID:28153104

f:id:syuichiao:20190425164514p:plain

 とはいえ、70歳以上の高齢者では、降圧治療中の血圧値が140/90 mmHgを下回ると死亡リスクが増加する可能性を示唆したコホート研究も報告されている(ハザード比1.26[95%信頼区間1.04~1.54]

Douros A, et al : Control of blood pressure and risk of mortality in a cohort of older adults: the Berlin Initiative Study. Eur Heart J. 2019 Feb 25. [Epub ahead of print] PMID: 30805599

  全ての高齢者に140mmHg未満を強く推奨できるかどうかについては議論の余地があるかもしれない。やはり個別の降圧目標を熟慮した方が良いように思われる。特に80歳を超えるような高齢者では140mmHg未満を目指す必要性はあまり高くないかもしれない(とはいえ、”血圧低値で死亡リスク”が増えるという研究結果は因果の逆転に注意が必要である旨、本ガイドラインに記載がある)。

Dregan A.et.al. Longitudinal Trends in Hypertension Management and Mortality Among Octogenarians: Prospective Cohort Study. Hypertension. 2016 Jul;68(1):97-105. PMID: 27160194

[脚注]

[1] 循環器トライアルデータベース(ライフサイエンス出版)http://circ.ebm-library.jp/trial/doc/c2005525.html

【ホームページ低価格で完成】店舗向けホームページ作成サービス「グーペ」