思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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ポリファーマーシー問題の再考

ポリファーマシーに関するとても重要な論文情報を知ったので、以下で概要を述べ、考察していく。

www.ncbi.nlm.nih.gov

〔introduction〕

STOPP及び START criteria は潜在的に不適切な処方の識別目安となる。Beers' criteriaよりもSTOPP criteriaの方が、PIM-related adverseの結果としての入院リスク同定に優れているという報告がある。〔Gallagher P.et.al.2008. PMID: 18829684〕[1] しかしながら、これらの明確な基準と、薬剤関連問題の検出における非明確的な基準(implicit criteria)、つまりクライテリアに依拠せず、薬剤関連問題を抽出する手法とを比較した研究は存在しない。(ということにやや驚きはあるが)

この研究は、薬剤関連問題の同定において、STOPP/START criteriaが「すべての薬剤レビュー(full clinical medication review)」に対応しているかを検討したものだ。

〔研究方法〕

オランダにおける13の地域薬局より、65歳以上で5剤以上服用している、地域在住の457人(年齢中央値77歳)が対象となった。研究対象者が使用している全ての薬剤についてレビューを行った。地域薬局の薬剤師は薬剤関連問題を同定し、クライテリアに依拠せず推奨を行った。同定された薬剤関連問題と推奨事項はSTOPP and START criteriaと比較された。

〔研究結果〕

地域薬局の薬剤師により同定された薬剤関連問題は1656件(患者1人当たり、平均3.6件)であった。85%の薬剤関連問題がSTOPP/START criteria.と関係の無いものであった。同定された薬剤関連問題においてSTART criteriaの割合は、STOPP criteriaよりも高かった。(13 vs. 5.7%, p < 0.01). STOPP criteriaに関連した推奨事項は、START criteriaに関連した推奨事項よりも実施率が高かった。STOPP とSTARTによる推奨の実施率は、STOPPとSTARTと関係のない推奨の実施率よりも低かった。(p = 0.047 and p < 0.001, respectively).)

〔結論〕

この研究は、地域在住高齢患者の薬物関連の問題の大部分はSTOPP/ START条件と関連していなかったことを示唆している。薬剤レビューにおいて、STOPP/START criteriaの適用はimplicit criteria.と組み合わせて用いられるべきである。

 クライテリアに依拠した、ポリファーマシー是正介入の臨床アウトカムは不明確である。これについては以下で述べているので、是非参照してほしい。

日経DIオンライン:ポリファーマシー解消のカギ、PIMsって何?

閲覧には無料会員登録が必要であるが、引用した論文は以下の2つである。

〔J Am Geriatr Soc.2014;62(9):1658-65. PMID:25243680〕

〔Cochrane Database Syst Rev. 2014;10:CD008165. PMID:25288041〕

臨床アウトカムを悪化させることも明確に示されておらず、潜在的に不適切な薬剤使用やコストは減らせることが示されている点に注目し、それならポジティブな介入と言えるし、積極的に行うべき介入だ、という意見もあろう。それについて、ここで私見を述べておく。

ポリファーマシー問題に対する取り組みは、薬剤コストを削減する代わりに、人的、時間的コストを消費する。また仮に薬剤を減らしたとして、その薬物治療中止の伴う、身体的、精神的有害事象が生じる可能性がある。「金」、「時間」、「人」、「患者の臨床アウトカム(薬剤中止に伴うリスクベネフィット)」、どこに関心を向けるかで、介入の是非をめぐり信念対立を起こすだろう。

ここで個人的な立場を明らかにしておく。つまり臨床アウトカム改善、これは医療介入をするのであれば必須のものと思われる。介入には必ずリスクが伴うからだ。主要論文であげたJ Am Geriatr Soc.2014;62(9):1658-65では再入院、転倒、QOLを悪化させないが、改善もしない。あくまで統計的なものであるが、臨床的にはどうであろうか。悪化させないと言い切ることができるのは、それはあなたが医療者だからだ。QOLスコアが、薬物治療中止に伴う不安を明確に反映しているという根拠はどこにあるのか。入院を要しないまでも、臨床的アウトカムの悪化がないなどと、どうして言い切れるのか。

例え、コストが減らせるのであってもベネフィットが得られないのであれば、その介入を行う意義は(少なくとも臨床的には)大きくないはずだ。[2]統計的臨床アウトカムの改善もないが、悪化しないということであれば、コストや薬剤数に焦点を当てるという考え方は、何か大切なものを見失っている。ポリファーマシー問題がコストの問題であることも認めよう。ただそれはこの問題の部分でしかない。

さて、話をもどそう。本研究で示唆されたのは薬剤関連問題の多くがクライテリアを逸脱しているというものだ。それは8割を超える。また、同定された薬剤関連問題において、START criteria に比べて、STOPP criteriaの実施率が高いにも関わらず、START criteriaの割合が、STOPP criteriaの割合よりも高かったと報告されている。

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また、薬剤関連問題について、積極的な介入を行うと、薬剤関連問題の妥当性とはあまり関係なく、薬剤の使用を中止する傾向が強まることが示唆されている。

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STOPP/START criteriaは確かに薬剤関連問を同定するが、多くの問題はそのクライテリアの外にあるということだ。この研究が示唆する重要なポイントは薬剤関連問題において、STOPP/START criteriaのみに依拠しないこと。そして、ポリファーマシー問題を捉えるうえで、潜在的に薬剤数を減らすことに注力していることが挙げられる。

この薬剤数を減らすというような思考プロセスは、コスト意識を反映していることは間違えないだろう。[3]しかし、大事なのは患者アウトカムであってコストや薬剤数ではないのである。ポリファーマシー問題は、どこに目を向けるかで、医療者の行動原理が大きく変わってしまうということにもう少し自覚的になるべきではないか。僕はそう思う。

 

〔注釈〕

[1] (ただしBeers' criteriaは2015年で改訂されている〔J Am Geriatr Soc. 2015;63:2227-46.〕ので、この情報はあまり参考にならないかもしれない)

[2] 医療経済的にはある、という主張もあるだろう。その主張に対する答えは、本論考末尾で答える。

[3] もちろん、他にも要因はあるだろう。ここで、その多くを挙げることもできるが、いずれにせよ、個人的には好きになれないようなものである。