高齢者のてんかん
[高齢者てんかんの原因]
てんかんは従来、比較的若い世代の疾患という認識でしたが、近年では高齢者においても一般的な疾患であることが示されています。(図1)
(図1)年齢別新規てんかん発生率(Lancet Neurol. 2005 Oct;4(10):627-34、図はDtsch Arztebl Int. 2009 Feb; 106(9): 135–142.より引用)
高齢者てんかんの主要な要因は脳血管疾患であると言われています。
・Seizure. 1997 Apr;6(2):107-10.
・Neurology. 2004 Mar 9;62(5 Suppl 2):S24-9.
・Epilepsia. 1993 May-Jun;34(3):453-68.
・Acta Neurol Scand. 2011 Oct;124(4):223-37.
その他の要因として、外傷、脳腫瘍、アルツハイマー病などの神経変性疾患が挙げられます。(図2)(図3)また原因不明のてんかんの存在割合も多いことが示されております。
(図2)高齢者てんかんとその要因(Ann Indian Acad Neurol. 2014 Mar; 17(Suppl 1): S18–S26.より引用)
(図3)高齢者におけるてんかんの病因(Epilepsia. 1993 May-Jun;34(3):453-68.図はDtsch Arztebl Int. 2009 Feb; 106(9): 135–142.より引用)
脳卒中発症患者の約10%が5年以内にてんかん発作を再発すると言われています。
・BMJ. 1997 Dec 13;315(7122):1582-7
てんかん発作は、脳梗塞、脳内出血およびクモ膜下出血で起こり得ますが、 出血性脳卒中は、脳梗塞と比較して発作と関連する可能性がより高いと言われています。
・BMJ. 1997 Dec 13;315(7122):1582-7.
・Acta Neurol Scand. 2006 Jul;114(1):8-12
・Arch Neurol. 2000 Nov;57(11):1617-22.
高齢者のてんかんの約10%〜20%は、認知障害に関連する認知症および神経変性疾患によるものと考えられています。アルツハイマー病は他の認知症よりも、てんかんのリスクが10倍高く、アルツハイマー患者の10-22%が発作を起こすと言われています。
・Neurology. 1996 Mar;46(3):727-30.
疾患が進行するにつれて発症率は増加しますが、初期段階でも発作は起こりえます。
・Dement Geriatr Cogn Disord. 2008;25(4):293-300.
[薬物療法]
高齢者のてんかんは治療に良く応答すると言われています。年齢別に治療を開始した際の寛解率は(図4)の通りです。高齢者では、適切な治療でてんかん発作はほぼ消失すると言われています。
(図4)新規てんかん患者における治療開始年齢別の寛解率[1年間発作なし](BMJ. 2005 Dec 3; 331(7528): 1317–1322.より引用)
[高齢者における抗てんかん薬のメリットデメリット]
BMJ. 2005 Dec 3; 331(7528): 1317–1322.より一部改変
薬剤名 |
メリット |
デメリット |
(フェノバール®) |
安価 |
鎮静、認知機能障害、代謝酵素誘導、骨量減少 |
フェニトイン (アレビアチン®) |
安価 |
|
(テグレトール®) |
部分発作のための標準薬 安価 |
神経毒性、アレルギー、代謝酵素誘導、低Na血症 |
(デパケン®) |
全般発作のための標準薬 安価 |
震え、薬剤性パーキンソン、体重増加、骨量減少 |
ラモトリギン (ラミクタール®) |
忍容性が高い |
用量に依存した発疹(ブルーレターあり)不眠 |
ガバペチン (ガバペン®) |
アレルギーが少ない |
鎮静、めまい、体重増加 |
トピラマート (トピナ®) |
体重減少 |
認識機能障害、腎結石、代謝性アシドーシス |
レベチラセタム (イーケプラ®) |
アレルギーが少なく、相互作用が少ない |
鎮静、行動障害 |
ゾニサミド (エクセグラン®) |
相互作用が少ない
|
鎮静状態、腎結石 |
[おもな抗てんかん薬の副作用とその頻度]
Dtsch Arztebl Int. 2009 Feb; 106(9): 135–142.より引用
[抗てんかん薬の薬剤選択について]
高齢者のてんかん発作では、多くの場合で原因不明の精神的変化、混乱、失神、記憶障害、またはめまい等と誤診されていることも多いといいます。高齢者てんかんの薬物治療はアンダーにも過剰にもなり得るので注意が必要です。高齢者てんかんの多くが部分発作であると言われており(Dtsch Arztebl Int. 2009 Feb; 106(9): 135–142.)第一選択としてカルバマゼピンを用いるのは妥当な選択肢かもしれません。
カルバマゼピン、ラモトリギン、ガバペチンでは有効性はほぼ同等であると考えられますが、忍容性については、カルバマゼピンに比べて、ラモトリギン、ガバペチンで優れていると考えられています。(図6)
・Neurology. 2005 Jun 14;64(11):1868-73
・Epilepsy Res. 1999 Oct;37(1):81-7
・Drugs Aging. 2001;18(8):621-30
(図6)新規にてんかんを発症した高齢者593人を対象に、GBP 1,500 mg/day, LTG 150 mg/day, CBZ 600 mg/day.を比較し12か月以内のてんかん発作なしを検討したランダム化比較試験(Neurology. 2005 Jun 14;64(11):1868-73)図はBMJ. 2005 Dec 3; 331(7528): 1317–1322.より引用)
カルバマゼピンではアレルギーや低ナトリウム血症など以外にも排尿困難の有害事象報告があり注意が必要です。
・Br J Clin Pharmacol. 2007 Dec; 64(6): 833–834.
トピラマートも考慮できるかもしれませんが、本邦では単剤使用の保険適用がありません。トピラマートは低用量(50~75mg)で十分な有効性を期待できると考えられます。(Clin Interv Aging. 2010 Apr 26;5:89-99.)トピラマートには認知機能障害や腎結石の有害事象が報告されており、できる限り低用量で用いたほうが良いかもしれません。認知機能障害は用量依存的である可能性が示唆されています。
・J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2000 Nov;69(5):636-41.
・Ther Adv Neurol Disord. 2013 Jul; 6(4): 211–227.
・Urol Res. 2011 Aug;39(4):303-7.
・Br J Clin Pharmacol. 2014 Jun;77(6):958-64
・J Pediatr Urol. 2013 Dec;9(6 Pt A):884-9.
・Ther Adv Drug Saf. 2012 Dec; 3(6): 279–289.
認知機能に対する影響はラモトリギンのほうが少ないといわれています。
Neurology. 2006 Aug 8;67(3):400-6.
トピラマートによる腎結石は、炭酸脱水酵素活性を阻害することによって引き起こされる代謝性アシドーシスによるものと考えられます。高い尿pHとアシドーシスによるCa再吸収抑制による高Ca血症、尿路結石阻害物質である尿中クエン酸の排泄低下等により、腎結石のリスクを増加せるのです。
・Epilepsia. 2000;41 Suppl 1:S35-9.
・Dev Med Child Neurol. 2001 Oct;43(10):701-4.
・Epilepsia. 2001 Mar;42(3):387-92.
・Epilepsia. 2002 Jul;43(7):744-7.
レベタチラセタム(イーケプラ®)は相互作用リスクが少なく、内科疾患を多く抱え、多剤併用がなされている場合には良い選択と言えます。脳卒中後の高齢者てんかん患者や部分発作を有するてんかん患者に対する有用性(発作のない期間)はカルバマゼピンとレベタチラセムでほぼ同等であることがランダム化比較試験で示されています。(図7)
・Neurology. 2007 Feb 6;68(6):402-8.
・Cerebrovasc Dis. 2012;34(4):282-9.
・Epilepsy Res Treat. 2015; 2015: 415082
・Neuropsychiatr Dis Treat. 2008 Jun; 4(3): 507–523.
(図7)部分発作を有する18歳~60歳のてんかん患者を対象としたランダム化比較試験。少なくとも6か月以内の発作が無い患者の割合(Epilepsy Res Treat. 2015;2015:415082. より引用)
(図7)をみるとレベチラセタムの方がより効果があるように見えますがグラフ縦軸は66%~80%であることに注意してください。両群に統計的有意な差はなく、効果はほぼ同等と考えて良いかと思います。)
実際の治療アルゴリズムは(図8)が参考になります。
(図8)治療アルゴリズム(Dtsch Arztebl Int. 2009 Feb; 106(9): 135–142.より引用)
個人的には、高齢者てんかんにはカルバマゼピンあるいはレベチラセタム、その補助療法としてはラミクタールという感じでしょうか。薬物相互作用とか、排尿困難、低Naのリスクを考慮するとレベチラセタムはなかなか良い選択かもしれません。コストが問題なければ、ラミクタール押しでも良いかもしれませんが、重篤な発疹などには注意が必要です。
[レベチラセタム(イーケプラ®)からカルバマゼピン(テグレトール®)への変更]
レベチラセタムは相互作用リスクの少ない抗てんかん薬としてカルバマゼピンの代替薬剤という立ち位置ですが、やはりコストが高いのが難点かも知れません。実際、相互作用があまり問題とならないケースでは低ナトリウム血症等に注意すれば、カルバマゼピンでも十分にコントロールすることは可能かと思います。ただしすでにレベチラセタムによる治療が開始されている場合、カルバマゼピンの換算用量が明確に設定されておらず、薬剤切り替え時の投与量設定に悩むところです。レベチラセタムからカルバマゼピンへ変更する際の投与量に関して、確かなデータがありませんがこれまでの臨床試験を見てみますと、
Neurology. 2007 Feb 6;68(6):402-8.での1日投与量は
・カルバマゼピン400mg(最大600mg)
・レベチラセタム1000mg(最大1500mg)
Cerebrovasc Dis. 2012;34(4):282-9での1日投与量は
・カルバマゼピン100mgから投与開始。維持量600mg、最大投与量1600mg
・レベチラセタム500mgから投与開始。維持量1000mg、最大投与量3000mg
Epilepsy Res Treat. 2015; 2015: 415082での1日投与量は
・カルバマゼピン300mg~1200mg
・レベチラセタム500mg~3000mg
となっています。レベチラセタム1000mgで維持されている患者であれば、カルバマゼピンでは400mg~600mgを維持量として使用することになるかもしれません。ただしカルバマゼピンは投与初期に血中濃度が上昇しやすい薬剤であるため、200~400mgから投与を開始し、徐々に投与量を上げていくことが推奨されます。これはカルバマゼピン自体が代謝酵素を誘導するため、ある程度の期間投与を継続しないと、血中濃度が安定しないからです。逆にカルバマゼピンからレベチラセタムへ変更する際には1000mgから投与できるので、切り替えはスムーズかもしれません。