思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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薬はしっかり飲めと言われるけど、本当のところどうなんでしょう?

コンプライアンスコンコーダンスアドヒアランス?]

”薬を医師の指示通りしっかり服用することは大切だ”という価値観があります。薬を医療従事者の指示通り飲まないことは、何かネガティブな印象はあれど、そこにポジティブな価値は付着していない、というのは極めて常識的な感覚に近いでしょう。

患者は医師の提供した治療に従順であるべき、そういったニュアンスが含まれているコンプライアンスという言葉があります。かつて、医療従事者の指示通り薬剤服用ができていないことを、「患者のコンプライアンスが悪い」なんて言っていました。

complianceという言葉には、(要求・命令などに)応じること、あるいは、服従、盲従などの意味が含まれています。一般的には、企業が、法律や内規などの基本的なルールに従って活動することを指す企業コンプライアンスという言葉の方が認知度が高く、服薬コンプライアンスという言葉は、主に医療従事者が用いる特殊な言葉だったかもしれません。

しかしながら、企業コンプライアンスはともかく、服薬コンプライアンスという言葉は、医療従事者と患者との間に、最初から差異性を持ち込んだ概念です。つまり、服薬コンプライアンスとは医療者の指示に患者がどの程度従うか、という指標であり、ノンコンプライアンスは医師(あるいは医療従事者)の指示に従わない、患者の問題であると言うような、非対等な相互関係を前提としていると言うわけです。まあ、実際には、こうした非対等な関係性を意識してこの言葉を使っていたわけではないと思いますけど、患者が治療に従順であるべき、という考え方から、患者がどれだけ治療に関心があるか、治療に対する執着の程度を示す、アドヒアランスという言葉が用いられるようになりました。

「adherence」という言葉には固執であるとか、執着と言うような意味が含まれており、服薬アドヒアランスと言う場合は、患者が薬物治療に対してどれだけの関心があり、どれだけ積極的に関わろうとしているのか、そういう視点でとらえよう、という考え方なのだと言えます。コンプライアンスからアドヒアランスへ、この移行にはコンコーダンス(Concordance)という考え方が普及してきたことも影響しているようです。コンコーダンスとは、”服薬に関して患者の考えを尊重したうえで、と医療者の方針と合意を形成する” というような考え方で、ここにはコンプライアンスという言葉に付着していた「非対称性」を解除するニュアンスが込められています。[1]

服薬アドヒアランスの定義については、いろいろあるかもしれませんけど、”医療者により提供された薬剤を服用する度合い、そして、患者と医療者との間に確立された合意に基づいて、服薬を継続することの度合い” という感じでしょうか。[2]

まあ言葉はどうあれ、「薬をきちっと飲みましょう」というのは、結局のところ、治療においては大切なことであり、ノンコンプライアンスだろうが、ノンアドヒアランスだろうが、それは治療上望ましくないこと、というテーゼは不変であるように思います。実際、いくつかの総説論文では、最善には及ばないアドヒアランスは、本質的な薬剤効果の低下と、より良い患者アウトカムを達成する上での重要な障害として強調されています。[3][4]

例えば高血圧の治療を考えたとき、降圧療法は米国で、毎年89,000人の早期心血管死亡を回避し、効果的な血圧管理を実現することは、事故やインフルエンザ、肺炎による死亡を回避することとほぼ同等である、なんて言われているようです。[5]

アドヒアランスに影響を与える因子]

コンプライアンスだとか、コンコーダンスだとか、アドヒアランスなんて言葉がうまれる背景には、患者が薬をもらっても飲めないとか、そもそも薬物治療に関心がない、ということがあるのでしょう。

関心がないなら医療機関をそもそも受診するのはいかがなもの?なんて思ってしまうわけですけど、例えば、ビスホスホネート製剤のアドヒアランスに関する27研究のシステマティックレビューによれば、社会経済的および文化的要因、患者指導時の医師の参加、骨代謝マーカーの使用、およびジェネリック医薬品の使用、服用頻度(週1回か月1回か)などがアドヒアランスに影響を与える因子として挙げられています。[6] 薬物治療に関心はあっても、なかなかしっかり薬を服用できない、ということは実際にはあるのでしょうね。認知機能の低下したアルツハイマー病の患者さんと服薬アドヒアランスを考えてみればわかりやすいかもしれません。 

あるいは最近、流行りのポリファーマシー、いわゆる多剤併用状態ですと、たくさん薬が処方されていれば用法用量が複雑になったりしますよね。実際、投与レジメンの複雑さはアドヒアランス低下につながることが示されています。[7]

なお、投与レジメンの複雑さがもたらす臨床的な影響は、やや曖昧な感じで、用法が複雑だったとしても、それで臨床アウトカムが明確に悪化するのか、と問われれば、良く分からないと答えるより他ないように思います。このあたりは僕のnoteをご参照いただければ幸いです。

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[世の中、アドヒアランスは必ずしも良好とは言えないかも]

アドヒアランスに影響を与える因子はなんとなく整理できましたけど、実際、そんなにアドヒアランスが悪いの?という疑問がわいてきます。現場の感覚ですと、アドヒアランスが悪い人と、良い人はなんだか二極化しているような気がして、そこにはやはり薬物療法に対する「執着」のようなものが垣間見えたりします!つまり執着心の強い人はしっかり薬を飲むけど……。アドヒアランス、結構、センス良いネーミングかもしらんですなぁ。

 20研究376,162人を対象としたメタ分析によると、予防的治療(鎮痛などの対症的治療ではなく、心血管疾患の発症を先送りすると言うような予防的治療)のアドヒアランスは一般的に悪くて、それは副作用のせいじゃないよ、と結論されてます。[8](図1)

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(図1)予防的治療薬剤のアドヒアランス(Am J Med. 2012 Sep;125(9):882-7. PMID: 22748400より引用)

確かにあんまし良くない感じ。日本人だと、どうなんでしょうね。これは人の性格というのも重要な要素であるような……。なにせ執着心が影響している部分は大きいと思うので……。

アドヒアランス低下がもたらすもの]

アドヒアランスが低下することで、臨床アウトカムが悪化することが示唆された論文は複数報告されています。

例えば、心血管疾患に対する薬物療法アドヒアランスと、心血管疾患、総死亡の関連を検討した観察研究のメタ分析[9]が報告されています。

アドヒアランス不良に比べて、アドヒアランス良好では、心血管疾患の相対危険が、スタチン0.85 [95%信頼区間0.81~0.89]、降圧薬0.81 [95%信頼区間0.76~0.86]。同様に総死亡の相対危険が、スタチン0.55 [95%信頼区間0.46~0.67] 、降圧薬0.71 [95%信頼区間0.64~0.78]となっています。(図2)

 

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(図2)心血管用薬のアドヒアランスと総死亡の関連(Eur Heart J. 2013 Oct;34(38):2940-8. PMID: 23907142より引用)

この研究ではアスピリンに明確な差が出ていないですねぇ。そもそも低用量アスピリンがもたらす心血管疾患一次予防効果は微妙[10][11]ですから、ちゃんと飲んでもこんな感じかな、ということで全く違和感なしです。

ただし、心房細動患者における抗凝固薬であれば、話は別かもしれません。ダビガトラン服用を開始した非弁膜症性心房細動5376人を対象とした研究[12]では、低アドヒアランスで総死亡及び脳卒中リスクに関連することが示されています。服薬カバー率指標であるPDC(proportion of days covered)が10%低下するごとに、ハザード比 1.13[95%信頼区間 1.07~1.19 という結果でした。

また、その服用方法の複雑性からアドヒアランス低下が懸念されるビスホスホネート剤では、4,147人の女性データを対象としたドイツの後ろ向きコホート研究[13]が報告されています。この研究によれば、治療24か月において、アドヒアランスが良いと、骨折の無い人の割合が有意に多いという結果でした。多変量Cox回帰分析では、アドヒアランスが骨折リスクを有意に低下させる唯一の要因であったとしています。

予防的治療効果がある程度確立しているスタチンでもやはりアドヒアランスが悪いと、予後悪化が懸念される、という研究がいくつか出ています。例えば、フィンランドの人口ベースコホート研究[14]によると、スタチン系薬剤のアドヒアランンス不良に比べて、アドヒアランス良好では心血管イベント及び死亡が25%少ないという結果でした。(ハザード比0.75[95%信頼区間0.71~0.79])

メディケア受給者を対象とした解析[15]では、スタチンの忍容性が悪い患者では、アドヒアランス良好者に比べて、心筋梗塞再発1.50 (95%信頼区間1.30~1.73) 、冠動脈疾患イベント1.51 (95%信頼区間1.34~1.70) 、総死亡0.96 (95%信頼区間0.87~1.06) となっており、死亡こそ増えないものの、再入院や冠動脈疾患イベントが多いという結果になっています。

降圧薬に関しては最近、アジア(韓国)での研究[16]が報告されています。この研究では韓国国民健康保険に加入している高血圧患者33 728人が解析され、降圧薬の服薬アドヒアランス低い患者では、虚血性心疾患による死亡(ハザード比1.64[95%信頼区間1.16~2.31])、脳出血による死亡(ハザード比2.19[ 95%信頼区間1.28~3.77])、脳梗塞(ハザード比1.92[95%信頼区間1.25~2.96])という結果でした。

[薬剤効果なのか、プラセボ効果なのか、それとも何なのか]

アドヒアランスが良いから臨床アウトカムが改善する、そう結論付けることは個人的には難しいと感じています。これまでにも述べてきたとおり、アドヒアランスはある意味で薬物療法に対する患者の執着度を示しているからです。治療への執着が高い、つまり積極的に治療を受けようとしている人はそもそも健康への関心が高い。これはつまり、予防接種や食事、運動など、薬物治療とは別にこうした生活習慣、予防医療というものに対する関心も高いと言うことです。

こうした影響を”healthy user effect”と呼びます。健康志向バイアスという感じでしょうか。まあ、ある種の交絡の影響があるちゅーことです。例えば、スタチンをしっかり服用するような人たちでは、他の薬剤もしっかり飲んでいる、体調が悪ければすぐに医療機関を受診する、健康診断を積極的に受け、予防接種もしっかりやっておく。日々の食事や運動に気を付け……などなど。つまりスタチンをしっかり飲んでいるかどうかとはあまり関係なしに、心血管疾患の発症リスクが低い人たち、というわけです。

実際、スタチンの新規服用開始者では、インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、骨密度検査など予防に関連する医療サービス利用頻度が高く、また喘息やCOPD患者では当該呼吸器疾患による入院リスクが低いという研究も報告されているんですよ![17]

ちなみにhealthy user effectについては、地域医療ジャーナル2016年09月号 vol.2(9)『「事例から学ぶ疫学入門」最終回:どんな研究デザインが一番すぐれている?』をご参照ください。

cmj.publishers.fm

確かにアドヒアランスが良好であれば、その患者の予後も改善するかもしれません。でも、それは真に薬剤効果と言えるのでしょうか。2006年に報告されたメタ分析[18]はちょっと興味深いんです。

この研究は21 研究46,847 例を対象としたメタ分析ですが、有益な治療におけるアドヒアランス良好は死亡が低い(オッズ比0.56[95%信頼区間0.50~0.63])という結果で違和感ありません。ただし、有害な薬物療法におけるアドヒアランス良好は死亡が高い(オッズ比 2.90[95%信頼区間1.04~8.11])となっています。(図3) 潜在的不適切処方(PIMs)のアドヒアランスを向上させるとまずいことが……。

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 (図3)アドヒアランスと死亡リスク(BMJ. 2006 Jul 1;333(7557):15 PMID: 16790458より引用)

そして何よりも興味深いのが、プラセボアドヒアランスが高くても死亡が低いという結果。(オッズ比0.56[95%信頼区間0.43~0.74])(図4)

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(図4)アドヒアランスと死亡リスク(BMJ. 2006 Jul 1;333(7557):15 PMID: 16790458より引用)

なんと、プラセボでもしっかり飲めば死亡リスクが低下する……。そう、プラセボ効果は侮れないでのす!プラセボ効果が気になる方は僕のnoteをご参照ください。

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プラセボ効果はともかく、2014年に報告された、プラセボアドヒアランスと心血管アウトカムに関するメタ分析[19]でも、同様の結果が示されています。薬物療法に対するアドヒアランスが低いことと比較して、プラセボ治療における良好なアドヒアランスは、心血管死亡の低下と関連していました(オッズ比 0.68[95%信頼区間0.60~0.77])

つまり心血管死亡致死率の低下に対するアドヒアランスの影響は、薬物効果とは無関係かもしれない、ここにはhealthy user effectならぬ"healthy adherer effect"の存在があるのではないかっ!!!

「薬はしっかり服用しましょうね~」とか「アドヒアランスを良好保つために!」なんて言われますけど、アドヒアランスの改善で、いったい誰の、何が変わるのか、よくよく考える必要があります。

[引用文献]

[1] Aronson JK. Compliance, concordance, adherence. Br J Clin Pharmacol. 2007 Apr;63(4):383-4. PMID: 17378797

[2] Osterberg L.et.al. Adherence to medication. N Engl J Med. 2005 Aug 4;353(5):487-97. PMID: 16079372

[3] Bosworth HB.et.al. Medication adherence: a call for action. Am Heart J. 2011 Sep;162(3):412-24. PMID: 21884856

[4] Cutler DM.et.al. Thinking outside the pillbox--medication adherence as a priority for health care reform. N Engl J Med. 2010 Apr 29;362(17):1553-5. PMID: 20375400

[5] Cutler DM.et.al. The value of antihypertensive drugs: a perspective on medical innovation. Health Aff (Millwood). 2007 Jan-Feb;26(1):97-110. PMID: 17211019

[6] Vieira HP.et.al. Bisphosphonates adherence for treatment of osteoporosis. Int Arch Med. 2013 May 24;6(1):24. PMID: 23705998

[7] de Vries ST.et.al. Medication beliefs, treatment complexity, and non-adherence to different drug classes in patients with type 2 diabetes. J Psychosom Res. 2014 Feb;76(2):134-8. PMID: 24439689

[8] Naderi SH.et.al. Adherence to drugs that prevent cardiovascular disease: meta-analysis on 376,162 patients. Am J Med. 2012 Sep;125(9):882-7. PMID: 22748400

[9] Chowdhury R.et.al. Adherence to cardiovascular therapy: a meta-analysis of prevalence and clinical consequences. Eur Heart J. 2013 Oct;34(38):2940-8. PMID: 23907142

[10] Ogawa H.et.al. Low-dose aspirin for primary prevention of atherosclerotic events in patients with type 2 diabetes: a randomized controlled trial. JAMA. 2008 Nov 12;300(18):2134-41. PMID: 18997198

[11] Ikeda Y.et.al. Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors: a randomized clinical trial. JAMA. 2014 Dec 17;312(23):2510-20. PMID: 25401325

[12] Shore S.et.al. Adherence to dabigatran therapy and longitudinal patient outcomes: insights from the veterans health administration. Am Heart J. 2014 Jun;167(6):810-7. PMID: 24890529

[13] Hadji P.et.al. GRAND: the German retrospective cohort analysis on compliance and persistence and the associated risk of fractures in osteoporotic women treated with oral bisphosphonates. Osteoporos Int. 2012 Jan;23(1):223-31. PMID: 21308365

[14] Rannanheimo PK.et.al. Impact of Statin Adherence on Cardiovascular Morbidity and All-Cause Mortality in the Primary Prevention of Cardiovascular Disease: A Population-Based Cohort Study in Finland. Value Health. 2015 Sep;18(6):896-905. PMID: 26409618

[15] Serban MC.et.al. Statin Intolerance and Risk of Coronary Heart Events and All-Cause Mortality Following Myocardial Infarction. J Am Coll Cardiol. 2017 Mar 21;69(11):1386-1395. PMID: 28302290

[16] Kim S.et.al. Medication Adherence and the Risk of Cardiovascular Mortality and Hospitalization Among Patients With Newly Prescribed Antihypertensive Medications. Hypertension. 2016 Mar;67(3):506-12. PMID: 26865198

[17] Patrick AR.et.al. The association between statin use and outcomes potentially attributable to an unhealthy lifestyle in older adults. Value Health. 2011 Jun;14(4):513-20.

[18] Simpson SH.et.al. A meta-analysis of the association between adherence to drug therapy and mortality. BMJ. 2006 Jul 1;333(7557):15 PMID: 16790458

[19] Yue Z.et.al. The effect of placebo adherence on reducing cardiovascular mortality: a meta-analysis. Clin Res Cardiol. 2014 Mar;103(3):229-35. PMID: 24264475