思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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クスリのリスクを分類してみた!

 ここ最近は、もっぱら人文関係の本ばかりを読んでいて、自分の専門である医学・薬学系の本を読んでいなかった。それではいかん、ということで久しぶりに医学書を手に取ってみた。

日常診療に潜むクスリのリスク: 臨床医のための薬物有害反応の知識

 「日常診療に潜むクスリのリスク」という本書のサブタイトルは“臨床医のための薬物有害反応の知識”となっている。しかしながら、薬剤師としては本書に記載されている以上の知識を網羅的に有するだけでなく、その知識を現場で実践的に活用できなければいけないと、あらためて勉強不足を痛感した。

  薬物有害事象に関する本は実はそれほど多くはない。その中でも本書は突出して読みやすいうえに、実践的な知識が非常にコンパクトにまとまっている。過不足なしとはまさにこのことであろう。一文一文は非常にクリアだが、そこで参照されている原著論文数は膨大であり、リソースとしての質の高さを思い知らされる。また図表も多く掲載されており、見た目にも内容が整理しやすい。

  本書を読んでいて、あらためてクスリのリスク、つまり薬物有害事象を考えてみた。薬物有害事象をどう勉強するか、これは薬剤師にとって非常に重要なテーマと言えるだろう。なんというか当たり前すぎて、あらためて問うことさえも憚れるような、そんな気もしないでもない。ただ、ここで少し薬物有害事象の学び方について考えてみたい。

[クスリのリスクを分類する]

 副作用を含めた薬物有害事象を考える際、僕らは何をreferenceとしているだろうか。多くの場合で、添付文書やインタビューフォームかもしれない。あるいは薬物動態学的知識をフル活用して、薬物相互作用や有害事象の予測を立てるかもしれない。また薬剤曝露と有害事象の関連を検討した臨床医学論文を用いてアセスメントをするかもしれない。

 こうして考えてみると、アプローチの方法は決して一つではないことが分かる。では僕たちはどういう時に薬理学的や薬部動態学知見を用いた理論的推論を行い、どういう時に臨床医学論文情報を参照しているのだろうか。どうもクスリのリスクというものは、その特徴で分類が可能なように思える。(図1)

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(図1)クスリのリスク分類

  分類とは本来、恣意的なものなので、どのような分類方法が正しいかという問いはナンセンスであるが、薬物有害事象の学び方・考え方として(図1)の分類はある程度、有効なように思える。もちろん明確に区分できずオーバーラップしているリスクもあり得るのだが、リスクの特性に合わせて次の①~③に分類してみた。

①薬剤非曝露(薬剤投与なし)と薬剤曝露(薬剤投与あり)を比較することで明らかになる有害事象リスク

②薬剤の用量依存的に明らかになる有害事象リスク

③非特異的に発現しうる有害事象リスク

 は疫学的研究データに基づき評価が可能な有害事象で、現象から予測を行うトップダウンの推論補法と言えるだろう。薬理学的、薬物動態学的知見に基づき理論から予測するボトムアップの推論方法、そしては非特異的に発現しうる過敏症などのアレルギー反応に関するもので、これはあらゆる医学・薬学的方法論に基づき、その発現予測を行う解析的な推論方法と言えるだろう。

  こうしたリスクを推定する方法論には、それぞれ得手不得手があるように思える。例えば①のリスクを推定する手法では、長期的な薬物有害事象の関連を知るのには有効だが、短期的な有害事象の推論にはあまり向いていないように思える。また長期的な有害事象の関連探索に向いているといっても交絡の影響などを、明確に薬剤と有害事象の関連を特定できるかといえばそれはなかなか困難かもしれない。

  ②のリスクを推定する手法は短期的な有害事象リスクの推論に有効である。薬理学や薬物動態学の知識はこうした有害事象において非常に重要な理論的フレームワークを提供してくれる。しかしながら、長期的な有害事象の予測となると、理論と現象とのギャップが大きくなり、その予測精度は極端に低下するように思われる。

  ③の手法は非特異的な有害事象に対する“あがき”のようなものかもしれない。あらゆる医学・薬学的知見を投入しても予測できない有害事象は一定の確率で存在しうる。それでもリスク因子を特定するために様々な知見を活用することで、有害事象発現リスクをある程度推測することができるかもしれない。

もちろん、実際にはこれらの手法を組み合わせて考えることになるのだろうが、大まかにこのように分類しておくと、検討したい有害事象にどのようなリソースを用いればよいかわりとクリアになると思う。逆に、どういったリソースを用いないと検討することが困難なのか、良く分かるだろう。

 (図2)はクスリのリスク分類に基づいた具体的な薬剤とその有害事象の例を示している。非特異的に発現しうるものに、バカの一つ覚えのように「過敏症」しか書いていないのはどうかご容赦願いたいが、検討したいリスクに応じてどの推論戦略を優先的に採用すれば良いかがある程度明確になることが改めて分かるだろう。

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(図2)クスリのリスク分類に基づく薬剤ごとの有害事象

 さて、最後にこうした考え方を学ぶのにお薦めの書籍を紹介しておこう。①の薬剤非曝露(薬剤投与なし)と薬剤曝露(薬剤投与あり)を比較することで明らかになる有害事象リスクを考えるうえでは、以下の書籍がフレームワークのヒントをくれる。

薬のデギュスタシオン 製薬メーカーに頼らずに薬を勉強するために

 

薬のデギュスタシオン2 製薬メーカーに頼らずに薬を勉強するために

 同書は、クスリのリスクのみに焦点を当てた本ではないが、クスリのベネフィットにも同様の分類があてはめられるような気もする。[1] いずれにせよ、現象から薬剤効果を推定するトップダウンの考え方を学ぶにおいて、同書をしのぐものはない。

  ②の薬剤の用量依存的に明らかになる有害事象リスクについては、断然以下の本である。こちらももちろんクスリのリスクのみに焦点を当てた本ではないが、理論的背景をベースにしたボトムアップの考え方を紹介している。

薬局で使える実践薬学

 薬理学、薬物動態学を本気で学ぼうとすれば、その膨大な量の知見をどう整理して良いか分からず途方に暮れてしまうだろう。同書は、実践的な理論的知識を網羅的にまとめている点で類書は存在しない。語り口も優しく、初学者にもなじみやすいだろう。

 

 [脚注]

[1] ただし、リスクは多くの場合で真のアウトカムなのに対して、ベネフィットには代用のアウトカム、真のアウトカム2つが存在しうる。こうしたことを考えると、クスリのベネフィット分類は、クスリのリスク分類ほど単純ではないかもしれない。