思想的、疫学的、医療について

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ヒトパピローマウイルスワクチンの有効性、安全性について

【背景】 

 2013年6月、厚生労働省予防接種検討部会はHPVワクチンの「積極的な勧奨は一時、取りやめる」との意見をまとめ、対象者への接種の積極的呼びかけを中止するよう自治体に勧告しています。[1]

  これは、HPVワクチン接種後に、複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)を発症した症例が複数報告されたためで、2018年現在においても、HPVワクチンの積極的な推奨はなされていません。

 厚生労働省のHPによれば、複合性局所疼痛症候群は約860万接種に1回、急性散在性脳脊髄炎は約430万接種に1回、ギラン・バレー症候群は約430万接種に1回の頻度で起こり得るとの記載がありますが、現時点でHPVワクチンとの因果関係は不明です。[2]

  こうした厚生労働省の対応は、インターネット上において、ワクチン反対論者から大きな賞賛を浴びたようですが[3]、WHOのワクチン安全性に関する世界諮問委員会(GACVS)は、「『薄弱な根拠』に基づく政策決定は安全で効果的なワクチン使用を妨げ、結果として真の被害を招きうる」という厳しい指摘をしています。[4] 

 

【HPVワクチンの安全性】

 そのような中、日本におけるHPVワクチンと有害反応の関連を検討した大規模横断調査の結果が、Papillomavirus Res.誌の電子版に2018年2月28日付で掲載されました。[5]

 この研究は1994年4月~2010年4月までの間に出生し、2015年8月現在において名古屋市に在住していた女性71,177人を対象としたアンケート調査[6]です。小学校6年から2015年9月までに接種したワクチンの種類や、関節やからだが痛む、ひどく頭が痛い、疲れやすい、など24の身体症状の有無を調査しています。

 回答のあった29,846例を解析した結果は(表1)の通りです。自発的に報告された24症状、いずれにおいてもHPVワクチン接種と明確な関連性は示されませんでした。この研究では、関節やからだが痛むといったような複合性局所疼痛症候群の症状が慢性的に持続した人は、むしろワクチン接種者で21%少ない(オッズ比0.71[95%信頼区間0.55~0.91])という結果になっています。 

(表1)HPVワクチンと有害反応の関連  

(Suzuki, et al : 2018, PMID: 29481964より作成)

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Significant odds ratios are shown in bold.
Abbreviation: OR, odds ratio; CI, confidence interval.

 

【HVPワクチン積極的勧奨中止勧告の社会的影響】

 厚生労働省によるHPVワクチン接種の積極的勧奨中止勧告の社会的影響は大きく、平成6〜11年度生まれの女子において、HPVワクチン接種率は70%程度であったのに対して、平成12年度以降生まれの女子では接種率が劇的に低下しています。特に平成14年度以降生まれの女子では1%未満の接種率でした(図1)[7] こうした状況について、2015年、ランセット誌には「HPV vaccination crisis in Japan」と題された総説論文が掲載されています。

 

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(図1)札幌市におけるヒトパピローマウイルスワクチンの接種率

(Hanley SJ, et al : 2015. PMID: 26122153より引用)

 

 HPVワクチンは、HPV感染や子宮頸部の異形成発症(子宮頸がんの前病変)を予防することが、複数の研究で示されており、日本産科婦人科学会では平成29年8月28日付で「国が一刻も早くHPVワクチン接種の積極的勧奨を再開することを強く求める」という声明を発表しています。[8]

 

【HPVワクチンの有効性】

 HPVワクチンの効果として、厚生労働省が発行しているリーフレット[9]には以下のような記載があります。

『海外の疫学調査では、HPV ワクチン導入により、導入前後で、HPV 感染率が 51.7 ~ 62.6% 減少し、また、子宮頸部異形成の頻度が 47.0 ~ 59.2% 減少したと報告されています。 HPV ワクチン接種により、10 万人あたり 859 ~ 595 人が子宮頸がんになることを回避でき、また、10 万人あたり209~144 人が子宮頸がんによる死亡を回避できる、と期待されます』

 2010年に報告されたランダム化比較試験[10]では、子宮頸部の軽度異形成発症に対する4価HPVワクチンの有効性は約70%であることが示されています。

 この研究は、16歳から26歳の女性17599例を対象とした、プラセボ対照2重盲検ランダム化比較試験で、4 価(HPV 6、11、16、18 型)HPVワクチン接種と、プラセボ接種が比較され、HPV 6、11、16、18 型に関連した子宮頸部・外陰部・膣の軽度異形成、尖圭コンジローマの発症などが検討されました。平均42か月追跡した結果を(表2)に示します。

(表2)4価のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの有効性
(analysis of intention to treat population)

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(Dillner J, et al : 2010. PMID: 20647284より作成)

 

 また、ヒトパピローマウイルス(HPV)2 価ワクチン(16/18 型)では、子宮頸部上皮内腫瘍、上皮内腺がんの発症が少ないことがランダム化比較試験[11]により示されています。この研究では、15〜25 歳の健康な女性(18644 人)が対象となり、中央値 で、47.4 ヵ月追跡されました。その結果、上皮内腺がん(AIS)の発症はHPVワクチン群で0.01%、比較対照としたA型肝炎ワクチン群で0.04%と、76.9%減少しました。


 ワクチンの長期臨床効果に関する検討は限定的ですが、ワクチン接種群において、中等度異形成に対する効果は非常に高いことが各臨床試験の追跡調査で明らかとなっています[12]。(図2)

 

(図2)HPVワクチンの臨床研究に参加した集団におけるワクチンの長期臨床効果

(De Vincenzo R, et al : 2014. PMID: 25587221より引用)

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 癌の発症に至るまでには、長期の経過観察を必要とするため、HPVワクチンで子宮頸がんの発症リスクがどの程度低下するのかについては現時点で不明です。ただ、HPV感染リスクや、子宮頸部異形成のりスクを大きく低下させることが複数の研究で示されており、将来的には、子宮頸がんの発症、及び子宮頸がん死亡リスクの低減効果効果についても示されるものと思われます。

 

【参考文献】

[1] 厚生労働省. 平成25年6月14日 .健発0614第1号.ヒトパピローマウイルス感染症の定期接種の対応について(勧告)

[2]厚生労働省. 子宮頸がん予防ワクチンQ&Ahttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/qa_shikyukeigan_vaccine.html

[3] Larson HJ, et al: Tracking the global spread of vaccine sentiments: the global response to Japan's suspension of its HPV vaccine recommendation. Hum Vaccin Immunother. 2014;10(9):2543-50. PMID: 25483472

[4] Global Advisory Committee on Vaccine safety Statement on Safety of HPV vaccines 17 December 2015. Genova: World Health Organization, 2015. 〈http://www.who.int/vaccine_safety/committee/GACVS_HPV_statement_17Dec2015.pdf

[5] Suzuki S, et al : No Association between HPV Vaccine and Reported Post-Vaccination Symptoms in Japanese Young Women: Results of the Nagoya Study. Papillomavirus Res. 2018 Feb 23. PMID: 29481964

[6] アンケート用紙▶

http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/cmsfiles/contents/0000088/88972/mihon.pdf

 

[7] Hanley SJ, et al : HPV vaccination crisis in Japan. Lancet. 2015 Jun 27;385(9987):2571. PMID: 26122153

[8] 日本産婦人科学会:HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種の積極的勧奨の

早期再開を強く求める声明

http://www.jsog.or.jp/statement/statement_170828.html

[9] HPV ワクチンの接種に当たって  医療従事者の方へhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/dl/hpv180118-info03.pdf

[10] FUTURE I/II Study Group. Dillner J, et al : Four year efficacy of prophylactic human papillomavirus quadrivalent vaccine against low grade cervical, vulvar, and vaginal intraepithelial neoplasia and anogenital warts: randomised controlled trial. BMJ. 2010 Jul 20;341:c3493. PMID: 20647284

[11] Lehtinen M, et al : Overall efficacy of HPV-16/18 AS04-adjuvanted vaccine against grade 3 or greater cervical intraepithelial neoplasia: 4-year end-of-study analysis of the randomised, double-blind PATRICIA trial. Lancet Oncol. 2012 Jan;13(1):89-99. PMID: 22075171

[12] De Vincenzo R, et al : Long-term efficacy and safety of human papillomavirus vaccination. Int J Womens Health. 2014 Dec 3;6:999-1010. PMID: 25587221