思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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糖尿病治療薬の服薬アドヒアランス

【summary】
■慢性疾患用薬の服薬アドヒアランスは総じて低いものの、2型糖尿病患者の服薬アドヒアランスは決して悪くはない。
■糖尿病治療薬の服薬アドヒアランスはDPP4阻害薬で優れ、メトホルミンで劣る。
■糖尿病治療薬の服薬アドヒアランスに大きく影響を与える因子は重度の低血糖エピソードである。
■軽度の認知機能障害を有する超高齢者において、高血糖是正のために、DPP4阻害薬は考慮できるかもしれない。

【糖尿病患者の服薬アドヒアランス

 慢性疾患用薬の服薬アドヒアランスは概して良好とは言えない。Naderiらにより2012年に報告された心血管疾患予防薬に関する20研究のメタ分析[1]によれば、服薬アドヒアランス57%[95%信頼区間50~64]と報告されている。認知機能が低下した患者においてはさらに低下し10.7~38%[2]程度である。 

  7つの疾患を有する患者の服薬アドヒアランスを比較した研究[3]によれば、MPR(medication possession ratio総投薬量に対する実服薬量の割合)80%以上を達成した患者の割合は、高血圧患者72.3%、甲状腺機能低下症患者68.4%、2型糖尿病患者65.4%痛風患者36.8%、骨粗鬆症患者51.2%、脂質異常症患者54.6%という結果であった。

  慢性疾患用薬の服薬アドヒアランスが高くないと言われる中で、糖尿病患者の服薬アドヒアランスは決して低くないことが分かる。血糖値やHbA1cなどと言った検査データを目にする機会も多い糖尿病治療では、高血圧治療と同様に、少なからず患者の薬物治療に対する関心を引き付け、服薬アドヒアランス向上に影響しているのかもしれない。

  2015年にIglayらにより報告されたレビュー[4]でも2型糖尿病患者の平均MPRは75.3% [95%信頼区間68.8%-81.7%]と報告されており、比較的高い数値のように思える。ただ、ランダム化比較試験における服薬中止率は31.8% [95%信頼区間17.0%~46.7%]と決して少なくない。服薬できる人は継続的に服薬できるけど、服薬できない人はなかなか継続が難しいということなのかもしれない。

  一般に慢性疾患用薬のアドヒアランスが良好であると死亡リスクが低く[5] また入院も少ない[6]ことが報告されており、これは2型糖尿病治療においても同様である。[7] また、2型糖尿病患者における服薬アドヒアランスの向上は医療経済的にもメリットがあることが報告されている。[8]

  しかしながら服薬アドヒアランスと患者アウトカムの関連には様々なバイアスが入り込む余地があり、服薬アドヒアランスが良ければ患者予後良好と結論することは難しい。服薬アドヒアランスの総論や、服薬アドヒアランスと患者アウトカムについては以下の書籍を参考にしていただければ幸いである。服薬アドヒアランスについて体系的にまとめられた数少ない書籍である。

Gノート 2018年2月 Vol.5 No.1 「薬を飲めない、飲まない」問題〜処方して終わり、じゃありません!

薬局 2017年 09 月号 特集 再考! 服薬アドヒアランス [雑誌]

【糖尿病治療薬の種類別に服薬アドヒアランスを見てみる】

  2018年にMcGovern らにより報告された48研究のメタ分析[9]によれば、メトホルミンと比較して、SU剤(平均差10.6%[95%信頼区間6.5~14.7])、チアゾリジンジオン(平均差11.3%[95%CI 2.7%~20.0 %])で服薬アドヒアランスが良好であった。またチアゾリジンの服薬アドヒアランスは、SU剤の服薬アドヒアランスよりもわずかに良好であった(平均差1.5%[95%信頼区間0.1-2.9])。

  さらにDPP4阻害剤では、SU剤やチアゾリジンよりもさらに良好な服薬アドヒアランスであったと報告されている。なお、注射剤ではGLP-1作動薬は、長時間作用性インスリンアナログよりも中断率が高かったと報告されている(オッズ比1.95[95%信頼区間1.17-3.27])。

  

 メトホルミンの服薬アドヒアランスがあまり良くないことは、シンガポールプライマリケアデータベースを用いた2型糖尿病患者の横断研究[10]でも示されている。この研究では5つの質問項目からなるMedication Adherence Report Scale (MARS-5)により、処方された経口糖尿病薬に対する服薬アドヒアランスが調査されている。なお、低服薬アドヒアランスはMARS-Rスコアで25未満と定義された。

  調査集団は382例(平均62歳)で、女性が53.4%とわずかに多かった。ロジスティック回帰分析によれば、年齢(オッズ比0.97[95%信頼区間0.95~0.99)[若年でアドヒアランス低下]、中国人種(オッズ比2.80[95%信頼区間1.53~5.15)血糖コントロールHbA1cレベル)の低下(オッズ比1.27[95%信頼区間1.06~1 .51])は、経口糖尿病薬に対する低い服薬アドヒアランスと関連していた。

  薬剤別の服薬アドヒアランスでは、DPP4阻害薬 (シタグリプチン67.7%)、SU剤(グリクラジド 56.5%、グリピジド53.5%、 トルブタミド53.1%)、αグルコシダーゼ阻害薬(アカルボース 50.1%)、 ビグアナイド(45.2%) の順であった。やはり、DPP4阻害薬が最も高く、ビグアナイド(メトホルミン)が最も低いという結果になっている。

 

 2型糖尿病治療薬の継続性について検討した米国の後ろ向きコホート研究[11]によれば、DPP-4阻害薬、特にサキサグリプチンの服用を開始した2型糖尿病患者では、SU 剤やチアゾリジンの服用を開始した患者と比べて、良好な服薬アドヒアランス及び治療の継続性が見られたと報告されている。このように、DPP4阻害薬の服薬アドヒアランスにおけるアドバンテージが目立つ研究が複数報告されている。

  

 2型糖尿病患における服薬アドヒアランスへの影響を与える因子として、治療効果に対する認識(治療後すぐに実感できるアウトカムがない)、低血糖、レジメンの複雑性、コスト、信頼関係があげられる。[12]やはり重度の低血糖を経験すると服薬アドヒアランスは低下するようだ。[13] 

 1日1回投与で済むことの多いDPP4阻害薬は低血糖リスクも少なく、服薬アドヒアランス向上を期待するには有望な薬剤と言えるかもしれない。とはいえ、同薬剤には心血管予後を改善するというエビデンスが現時点で存在せず、必ずしも全ての糖尿病患者に対して積極的な投与を考慮できるような薬剤ではない。

 例えば、余命の限られた高齢者で、軽度の認知機能障害があり、なおかつ高血糖のリスクが懸念され、どうしても薬物治療が必要かもしれない、というような症例で薬剤の恩恵(この場合の恩恵は必ずしも健康寿命の延伸を意味しない)が得られるかもしれない。

 【参考文献】

[1] Naderi SH.et.al. Adherence to drugs that prevent cardiovascular disease: meta-analysis on 376,162 patients. Am J Med. 2012 Sep;125(9):882-7. PMID: 22748400

[2] Smith D.et.al. A systematic review of medication non-adherence in persons with dementia or cognitive impairment. PLoS One. 2017 Feb 6;12(2):e0170651. PMID: 28166234

[3] Briesacher BA.et.al. Comparison of drug adherence rates among patients with seven different medical conditions. Pharmacotherapy. 2008 Apr;28(4):437-43. PMID:18363527

[4] Iglay K, et al : Meta-analysis of studies examining medication adherence, persistence, and discontinuation of oral antihyperglycemic agents in type 2 diabetes. Curr Med Res Opin. 2015;31(7):1283-96. PMID: 26023805

[5] Chowdhury R.et.al. Adherence to cardiovascular therapy: a meta-analysis of prevalence and clinical consequences. Eur Heart J. 2013 Oct;34(38):2940-8. PMID: 23907142

[6] Rosen OZ, et.al : Medication adherence as a predictor of 30-day hospital readmissions. Patient Prefer Adherence. 2017 Apr 20;11:801-810. PMID: 28461742

[7] Khunti K, et al : Association Between Adherence to Pharmacotherapy and Outcomes in Type 2 Diabetes: A Meta-analysis. Diabetes Care. 2017 Nov;40(11):1588-1596. PMID: 28801474

[8] Boye KS, et al : Associations between adherence and outcomes among older, type 2 diabetes patients: evidence from a Medicare Supplemental database. Patient Prefer Adherence. 2016 Aug 16;10:1573-81. PMID: 27574406

[9] McGovern A, et al : Comparison of medication adherence and persistence in type 2 diabetes: A systematic review and meta-analysis. Diabetes Obes Metab. 2018 Apr;20(4):1040-1043. PMID: 29135080

[10] Lee CS, et al : Assessing oral medication adherence among patients with type 2 diabetes mellitus treated with polytherapy in a developed Asian community: a cross-sectional study. BMJ Open. 2017 Sep 14;7(9):e016317. PMID: 28912194

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28912194

[11] Farr AM, et al : Retrospective analysis of long-term adherence to and persistence with DPP-4 inhibitors in US adults with type 2 diabetes mellitus. Adv Ther. 2014 Dec;31(12):1287-305. PMID: 25504156

[12] Polonsky WH, et al : Poor medication adherence in type 2 diabetes: recognizing the scope of the problem and its key contributors. Patient Prefer Adherence. 2016 Jul 22;10:1299-307. PMID: 27524885

[13] Walz L, et al : Impact of symptomatic hypoglycemia on medication adherence, patient satisfaction with treatment, and glycemic control in patients with type 2 diabetes. Patient Prefer Adherence. 2014 Apr 30;8:593-601 PMID: 24812495