薬の適正使用とは何だろう……「そもそも~」という問いには哲学が役に立つ
薬物療法の適正化、あるいは薬の適正使用とは良く聞く言葉ですが、そもそも適正ってなんでしょう……。
不適切な薬物療法といった場合の不適切性というのは、よくよく考えてみると、捉えどころのないものです。一体、誰にとっての不適切性なのでしょうか。医療者にとって? 社会にとって? それとも……。
こんなふうに考えてみると『適正』と呼ばれるような状態というものが、極めて文脈に依存していて、絶対的な価値を帯びていないように思われてくるのです。
2017年9月、アプライド・セラピューティクス学会の第8回学術大会で、『超高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬剤の適正使用とは何か?』という講演[1]をさせていただきました。僕自身は精神科医療の専門家ではありませんし、精神科臨床に従事しているわけでもありません。ただ、薬剤師として、薬の適正使用とは、そもそもどういうことかについて考察を重ねてきました。この講演内容は、そうした薬の適正使用をめぐる僕の基本的な考え方をベンゾジアゼピン系薬剤に適用したまでにすぎません。
幸なことに、『講演内容を学会誌[2]に投稿してみませんか?』 とお声かけ頂き、当日お話しした内容を言語化してみることにしました。
とはいえ、僕の薬に対する考え方は、様々な誤解や批判を受けてきたことも事実です。[3] これは僕の文章能力の低さや説明不足に起因するところもありますが、EBMの実践という言葉を掲げると、どうにもエビデンス至上主義というようなニュアンスで捉えられてしまうことが多々ありました。
学術大会での講演内容を言語化するに当たり、査読のない「寄稿」という形式にすれば、その作業はとても楽だったと思います。自分の考え方を世に広めたいだけなら、むしろ文体を選ばず自由に書ける寄稿の方が良かったでしょう。しかしながら、僕の薬に対する考え方が、学術的にどのような評価を受けるのか、とても興味があったんです。
そんな興味から、投稿形式は査読のある総説論文とさせていただき、この度、無事にアプライド・セラピューティクス誌に掲載していただきました。
青島周一 : 高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬剤の適正使用とは何か?. アプライド・セラピューティクス. 2018 ; 9:2 p25-36
アクセプトまでの道のりは想像していたよりもはるかに険しいものでした。正直なところ、リジェクトされたらこのブログに掲載しようと考えていました。
投稿時の引用文献数が約40、アクセプト時の引用文献数は62、増加した20文献は全て査読コメントに対する応答です。査読頂いた先生より、多くのアドバイスやご指導を賜ることができたことは、僕にとって非常に大きな経験となりました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。
本論文で述べていることは、何もベンゾジアゼピン系薬剤に限った話ではありません。薬物治療の不適切性、薬剤の適正使用、それをどのように考えていけばよいのか、その思考原理を示したつもりです。僕の適正使用に対する考え方が一定の学術的評価を受けることができたのは素直にうれしいです。
そもそも適正とは何か。「そもそも~」といった問いに対して、哲学は大きな示唆を与えてくれます。本論文でも、西條剛央先生の『構造構成主義』1)、京極真先生の『信念対立』2)という概念、マルティン ハイデガーの『気遣い』3)という概念、エトムント フッサールの『現象学』4)そして、師匠、名郷直樹先生の『構造主義医療』5) と言った哲学的概念を援用して理論構築しています。是非、ご一読くださいましたら幸いです。
なお、査読付きの学術論文としては以下の論文に続き2報目になります。
Aoshima S, et al : Behavioral change of pharmacists by online evidence-based medicine-style education programs. J Gen Fam Med. 2017 Jun 21;18(6):393-397. PMID: 29264070
【脚注]
[1] 第8回シンポジウム1『ベンゾジアゼピン系医薬品の適正使用と取り組みについて』 S1-4 超高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬剤の適正使用とは何か?(アプライド・セラピューティクス. 2017.VOL9. Supplement p33 J-GLOBAL ID:201702264878588807)
[2] アプライド・セラピューティクス http://www.applied-therapeutics.org/journal
【参考文献】
1)構造構成主義の原著は以下の本。
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2)信念対立に関しては以下の本を参照
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3)ハイデガーの気遣いに関する概念は「存在と時間」、もしくはその解説書を参照
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4)フッサール現象学の原点としてはイデーンが有名だが、大著なので僕は以下の書籍をお勧めする。
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5) 医療従事者向けに書かれた構造主義医療に関する唯一の専門書
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