思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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【書籍紹介】哲学がわかる 因果性

 因果性(causality)とは、2 つの出来事が原因と結果という関係で結びついているかどうかを問題にした概念のことです。一般的に、二つ以上の出来事の間に、原因と結果の関係があることを因果関係と呼びます。

 僕らの日常世界は、常にこの因果性を前提として成り立っています。例えば、列車が定刻通りにホームに滑り込んでくるのも、毎朝、東の空から太陽が昇ってくるのも、物事の因果的な結びつきをなしには思考できません。

 あるいは責任や意志という概念も、因果性と密接に関わっています。行為とその帰結に因果的な結びつきが無いのであれば、僕たちはそもそも行動を意図しようがありません。このように、人は少なからず、因果性に依拠する仕方で日常生活を営んでいるのです。

 

 ところで、因果関係は「必然的に起こさせる関係」と言い換えてもよいでしょう。つまり、二つの出来事の結びつきは「偶然」ではなく「必然」というわけです。ピアノの鍵盤を叩けば偶然的に音が鳴るのではなく、それは必然的に音が鳴っていると考えることに違和感はありませんよね。

 しかし、イギリスの経験論者デイヴィッド・ヒュームは、このような考えに意を唱えました。因果関係は「必然的に起こさせる関係」というのだけれども、「必然的に起こさせる」というその必然的な何かを経験することはできないと、ヒュームは主張します。

 確かに鍵盤を叩いて音が鳴ったとしても、それが必然か、偶然かなのかを論理的に証明することはできません。私たちは鍵盤を叩くという現象に引き続いて音が鳴るという現象を知覚しているだけで、その間に存在すると確信している(ヒュームに言わせればそう錯覚している)必然性を手の平にのせて眺めたり、直接的に知覚することはできないからです。

 

 因果性を巡る議論はとても興味深いのですが、日本語で読める平易な解説書は皆無でした。そんななか、因果性に関する議論を体系的にまとめた入門書が岩波書店より発売されています。

哲学がわかる 因果性 (A VERY SHORT INTRODUCTION)

 因果性は薬剤効果に関する考察においても重要な概念です。例えば、 ランダム化比較試験における介入効果の内的妥当性とは、介入とアウトカムの因果性のことに他なりません。ランダム化比較試験は反事実条件的依存性テストによる因果効果の検出を目的とした研究なのですから。

 一般的には内的妥当性が高いと言われるランダム化比較試験ですが、哲学的には様々な批判が可能です。

『医療専門職では、因果性の反事実条件的依存性テストが確かに真剣に受け取られているのである』p80

『一つの結果に同時に作用する原因が二つあり、そのどちらも原因として十分であることは、完全に可能な筋書きであるように思われる。その筋書きを排除しようとする動機が、それで因果性の反事実条件的依存性理論が救われるということだけにあるなら、その場しのぎな手立てに見えてしまう』p82

  僕たちは因果性を深く信じ、世の中は打てば響くようになっていると確信しています。しかし、その確信に懐疑の視線を向け、改めて議論の俎上に載せることで、科学的に考えるとはどういうことかに関する考察を深めることができるでしょう。