ポリファーマシーをめぐる信念対立とその解消アプローチ
第10回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会、5月18日の教育講演の振り返りを続けていきます。
・名郷直樹先生:ポリファーマシーと言われる中で起きていること:構造主義医療の視点から
・尾藤誠司先生:なぜ薬が増えていくのか」に関する人類学的・行動経済学的考察
・京極真先生:ポリファーマシーをめぐる目的や考え方の相違とその対策案
名郷先生、尾藤先生の講演内容については以下のエントリーにまとめてあります。
今回は京極真先生の講演を振り返りながら、その内容をまとめてみたいと思います。
さて、ポリファーマシーが一般的には「悪い」という考え方にシフトしてきたことは明らかでしょう。だからこそ、日本のみならず世界中で問題視されているわけですよね。確かに、不適切な薬剤使用は出来る限り減らすべきだ、という考え方には強い説得力があります。とはいえ、そもそも不適切な薬物療法とはどんな薬物療法なのでしょうか。ぼくたちはいったい何を基準に「適切」と「不適切」を選り分けているのでしょうか。
「適切性」の評価は、評価する人の目的や考え方によって、程度の差はあればらつきが生じます。例えば机の上においてあるリンゴは、多くの人にとってもリンゴとして認識されることでしょう。しかし、目の前に置いてあるリンゴを食べたときに、その味の評価についてはどうでしょう。「私」にとっては美味しいリンゴであっても「あなた」にとっては美味しくないリンゴかもしれませんよね。
評価のばらつきが生じる原因として、京極先生はプラトンの「国家」を引用しながら『あらゆる意見は「〜にとって」という仕方でしか成立しない(「国家」の超意訳)』ことを強調します。物としてのリンゴは「多くの人にとって」も同じリンゴなので、共通了解を得られやすいと言えます。しかし、その味の評価となると「私にとって」という傾向が顕著になります。リンゴそのものは「モノ(事実)」であるのに対して、リンゴの味は「意見」だからです。
こうした見解のズレを調整する方法論として、京極先生が提唱されているのが信念対立解明アプローチです。信念対立解明アプローチは、あらゆる目的、考え方は何らかの状況、目的を背景にして構成されているということを基盤に、対立した信念を解きほぐすために開発されれた方法論です。
薬物療法においても、多職種で意見が対立することもあるでしょう。「この薬はやめた方が良い」と考える薬剤師と、「継続した方が良い」と考える医師では薬物療法に対する意見を巡って信念対立が生じています。こうした対立は患者、医療者間でも起こり得ますし、もちろん同職種間でも発生します。
『潜在的不適切処方(PIMs)をスクリーニングするクライテリアに記載があるから不適切である』、と主張することでさえ「クライテリアに書かれているから不適切であると判断したあなたにとって」の不適切性であって、たとえ事実に基づく意見であっても意見である限り、絶対的な普遍性を有しません。
意見が対立したら、まずはその理由を確認すること、そして理由は状況、目的に注意を払うと確認しやすくなります。あらゆる意見は「〜にとって」という仕方でしか成立しないと気づくこと、そして共通の目標を明確にすることで、その後の対応策を定めやすくなることでしょう。
ぼくたちは、それぞれ固有の世界観の中で生きています。そのため目的や考え方が相違するのは当然のことなのです。しかしながら、多くの場合で人間は「私にとって」という思考に無意識に縛られています。信念対立解明アプローチは、この無意識に縛られている「私にとって」という思考を、メタ的に俯瞰することを可能にさせてくれます。
信念対立解明アプローチはポリファーマシーの文脈のみならず、人と人とが関わるコミュニケーションすべてにおいて応用が可能な極めて汎用性の高い方法論だと思います。状況や目的を整理していくコミュニケーションを重ねることによって、その都度相対的な確からしい判断を導出していく。人それぞれ世界観が違うと前提にするだけでも、目的や考え方の相違によって生じる緊張が解ける可能性を秘めています。
最後に京極先生のTake-home Messagesを以下に引用します。
・ポリファーマシー等のように白黒ハッキリしないテーマは目的や考え方に相違が生まれやすい
・相違が生じたら「相手は間違っている」「自分は正しい」と考える前に、目的や考え方の背景にある状況や目的を確認してください
・そのうえで、その都度の納得解を形成しながら落としどころを見つけていきましょう
【参考文献】
京極真先生のユーチューブチャンネルはこちら。作業療法に関する内容や信念対立解明アプローチについてなど、様々な情報を発信されています。
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