思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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禁煙する(させる)とはどういうことか

 喫煙者が禁煙に対してどの程度関心を持つものなのだろうか。例えば製造業労働者815人を対象とした横断調査【1】によれば、喫煙率は44.3%であり、喫煙者の48.5%が禁煙無関心者であったと報告されている。同研究ではまた、無関心に関連する因子として、健康への意識の高さ、喫煙本数があげられている。

 20~30歳代の喫煙女性のニコチン依存と禁煙の意思との関連を検討した研究【2】では、自身の喫煙がもたらす子供への受動喫煙や健康影響への不安がある一方で、離脱症状の回避、依存による禁煙困難、周囲のサポート欠如などの実態が明らかにされている。

  健康に対する意識が低い人や依存の強い喫煙者では、禁煙に対してネガティブな価値を抱いているケースも少なくない。この「依存」という言葉、なんとなくイメージが悪いように思う。薬物依存、アルコール依存などというと、どうしても反社会的なイメージが立ち上がる。禁煙こそが正しいという価値観は、ニコチン依存が社会的には決して良いイメージを与えられていないことの傍証である

  依存は一般的には本人の意志の弱さが原因だと考えられている。芯の強い人間は、どんなにつらい経験にも耐え、薬物や煙草、アルコールなどに頼らなくてしっかり前を向いて生きてゆける。そんな人間のサクセスストーリーは、時に賞賛の対象にすらなる。

 他方で日常の苦しみに耐えきれず、アルコール依存になってしまう、あるいは違法薬物に手を染める、そういう人間は弱い人間であり依存症という病名を付与され、違法薬物使用であれば犯罪者となって、社会からはじき出されていく。

  喫煙行為もこうした依存症と同型の構造を有している。誰だって興味本位はあれど、心の底から煙草を吸いたいと最初から思っているわけではない。煙草を吸わなければ、仲間外れにされる、精神的につらい日々の中、煙草を吸ったらほっとした、自分のアイデンティティをなんとか保ちたい、という強い意志のもと喫煙習慣が形成されていく側面がある。人として芯の強さが欠如しているのではない、依存する先が喫煙や飲酒、薬物しかないのである。

  このことはまた、社会的な「孤立」が依存を生み出している背景を浮き彫りにさせる。依存は人の「意志」や「芯の強さ」とは別問題なのだ。それは意志の問題というよりも状況の問題に近い。だからこそ、禁煙は周囲のサポート、つまり喫煙に変わる依存先が無ければ、なかなか上手くいかない。Twitterでの自動配信メッセージや励まし合いは、禁煙成功率を2.6倍に高めるという研究【3】結果は、そのような観点で読み解くと示唆に富む。

 禁煙することによって幸せになる人もいれば、禁煙しないことによって幸せを維持できる人もいる。依存先が人かモノか、そういう環境の違いが喫煙/禁煙に対する関心の相違を生み出している。

  禁煙に無関心な喫煙者は禁煙した時の離脱症状や、今後の生活における依存先の無さに対する不安を回避しようとする。健康に悪かろうが、喫煙に行って得られる安心感、多好感が得られないことの方が強い損失と感じるのだ。したがって、健康寿命の喪失対する関心は低い。他方で社会は常に健康寿命に対する損失に鋭敏だ。だからこそ、社会は禁煙こそが正しい価値観だと迫る。

  しかし、禁煙に成功したからと言って、その後の人生が健康的であるかどうかは分からない。体重が増加して糖尿病を発症してしまうかもしれない【4】。タバコを吸えないイライラから、人間関係が悪化して、より社会的に孤立してしまうかもしれない。他の依存先をもとめて、違法薬物に手を出してしまうかもしれない。喫煙により保たれていた精神状態のバランスを崩し、精神を病んでしまうかもしれない【5】。禁煙介入する事による生命予後と非喫煙者の生命予後を混同してはいけないのだ(※)。

  禁煙指導によって、患者が健康的な生活を送ることができるというのはある種の幻想だと考えた方が良いかもしれない。禁煙補助療法を実施した少なくない患者で、喫煙は再開されるし【6】【7】、人の行動や依存的心理を他者がコントロールできるなんて考えない方が良いと思う。喫煙の本数を減らして【8】、煙草の力も借りながら、自分で生活を工夫しつつ、何か良い方向に向かっていくことができれば十分ではないか……。おおよそ禁煙指導とはそのようなものではないかと個人的には思っている。

利益相反

 上記記事に関わる利益相反なし。なお、本記事は禁煙を否定するものではない。喫煙が生命予後にもたらすインパクトや禁煙補助薬の効果については以下の記事でレビューしている。

ptweb.jp

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【参考文献/脚注】

【1】総合健診2017 年 44 巻 2 号 p. 378-386. DOI:10.7143/jhep.44.378
【2】日本看護研究学会雑誌2011 年 34 巻 1 号 p. 1_61-1_72 DOI: 10.15065/jjsnr.20100811002
【3】Tob Control. 2017 Mar;26(2):188-194. DOI: 10.1136/tobaccocontrol-2015-052768.
【4】N Engl J Med. 2018 Aug 16;379(7):623-632 PMID: 30110591

【5】もちろん禁煙により精神的な健康状態が改善するという報告もある(BMJ. 2014 Feb 13;348:g1151 PMID: 24524926)
【6】JAMA. 2006 Jul 5;296(1):56-63. PMID: 16820547
【7】JAMA. 2006 Jul 5;296(1):47-55. PMID: 16820546

【8】BMJ. 2018 Jan 24;360:j5855. PMID: 29367388

■依存や禁煙指導に関して多面的に考察したい方は以下の3冊がおススメである。

薬物依存症 (ちくま新書)

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)

精神看護 2019年 1月号 特集 オープンダイアローグと中動態の世界

(※)曝露のない人と、曝露があってその曝露に対する医学的介入を受ける人では、集団の背景因子がかなり異なる。これについては以下記事を参照。

cmj.publishers.fm

 なお、介入する事による生命予後と、もともと曝露のない人の生命予後を混同してはいけないということは「ポリファーマシー」の問題についても同様に言える。