思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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薬剤師による処方提案、その問題点と円滑な実践のためにー日本在宅薬学会を振り返る

 2019年7月14日から15日の2日間にわたり、一般社団法人日本在宅薬学会の第12回学術大会が名古屋で開催されました。

congress.jahcp.org

 僕はNPO法人アヘッドマップの仲間たちと一緒に、ワークショップ1『楽しく実践!処方提案!~ポリファーマシーを例に~』及び、ワークショップ3『情報検索の達人への道 ~エビデンスの伝道者になろう~』ファシリテーターを担当させていただきました。両ワークショップとも企画はオーガナイザーを担当された山本雅洋先生です。

【処方提案ワークショップにて】

 処方提案ワークショップでは、参加された方が経験した提案困難事例をベースに、様々な観点からディスカッションを行いました。提案困難となってしまった要因や問題点を明らかにしたうえで、実践的な解決手法を話し合いました。議論に出てきた症例の中で、特に印象に残った2例をモディファイしてご紹介します。

【仮想症例①】
*ワークショップ参加者が経験された事例もとに大幅な修正を加えています

■69歳男性、高血圧にて内科クリニックを通院中。

■血圧はトラセミエナラプリルにて良好にコントロールされていたが、血清カリウム値が5.2 mEq/Lと高い状態が続いていた。他に併用している薬剤はない。

■患者本人に自覚症状はなかったが、担当薬剤師は処方医へ血清カリウム値が高い旨を報告。トラセミドからフロセミドへの変更を提案したが受け入れられなかった。血清カリウムが5 mEq/L程度であっても、これまで何も問題が発生していないということがその理由であった。

■数か月後、当患者の血清カリウム値が徐々に増加。ポリスチレンスルホン酸カルシウムゼリーの処方が開始となる。担当薬剤師は明らかな処方カスケードだと感じていたが、処方提案が受け入れられなかった経験から介入できなかった。

■ポリスチレンスルホン酸カルシウムゼリー追加後は、血清カリウム値も安定し、患者さん本人も困っている様子はなかった。むしろポリスチレンスルホン酸カルシウムゼリーのフレーバーがとてもおいしく、薬を飲むのが楽しみだと話されている。

 この症例では、高カリウム血症に対するリスク態度や、薬剤性高カリウム血症に対する認識が、薬剤師と医師で大きくずれていることがうかがえます。トラセミドはループ利尿薬ではありますが、抗アルドステロン作用を有し、時に高カリウム血症を発現しうる薬剤です。また、エナラプリルは高カリウム血症を起こしやすい代表的な薬剤ですよね。両剤が併用されている本症例においては、薬剤性高カリウム血症を疑う余地は極めて大きでしょう。

 提案内容としても無理のない妥当なものと思われ、同じループ利尿薬でありながら抗アルドステロン作用を有さないフロセミドによって、血清カリウム値の低下が期待できるはずでした。

 しかし、提案は受け入れられず、血清カリウム値は少しずつ上昇を続け、最終的にはポリスチレンスルホン酸カルシウムが処方されてしまったという状況です。それにも関わらず患者さんも治療に不満があるどころか、薬の内服が楽しみだということでした。

  リスクに対する態度、価値観を同じ視点で共有するにはどうしたら良いのでしょうか。行動経済学プロスペクト理論をヒントに少し考察してみます。

 薬剤師は高カリウム血症を健康に対する損失と捉え、その損失を回避するために薬剤変更を提案しています。他方で、医師は血圧コントロールの変動を健康に対する損失と捉え、薬剤変更のリスクを重視しています。関心のあるリスクがそもそも決定的に異なっているのですね。両者のリスク態度における価値のずれを補正するためにも、主観的な意見ではなく、客観的な事実、つまりエビデンスを添えることは、処方提案を円滑に進めるための一つの手段かもしれません。

血清カリウム値と死亡リスクとの関連
▸Nephron Clin Pract. 2012;120(1):c8-16. PMID: 22156587

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ACE阻害薬と高カリウム血症
▸Arch Intern Med. 1998 Jan 12;158(1):26-32.
トラセミドと抗アルドステロン作用
Eur J Pharmacol. 1991 Nov 26;205(2):145-50.

 “主観的な意見をベースに、「あなたはこうした方が良いと思います」”というメッセージの伝え方よりも、“客観的な事実をベースに「わたしはこうした方が良いように思います」”というメッセージの伝え方の方が、少なからず対立を回避できる気がしています。意見はあくまで自分(わたし)にとっての意見であり、他者(あなたに)押し付けるものではありません。事実と比べて、意見は他者との共有可能性が低いことに注意が必要です。

 

【仮想症例②】
*ワークショップ参加者が経験された事例をもとに大幅な修正を加えています。

■95歳女性。主病名は認知症。不眠の症状は認知症診断以前からあり、継続的にゾルピデム5mgを内服していた。1年ほど前、認知症の周辺症状が発現し、夜間の睡眠状態も極度に悪化。そのためゾルピデムが10mgへ増量された。

■担当薬剤師は以前より、ゾルピデムが高用量で投与されていることが気にかかっていた。そんな折、当該患者さんが自宅で転倒してしまった。

■幸いにも骨折するなどの重篤健康被害はなかったが、担当薬剤師はこれをきっかけにゾルピデムの減量を処方医へ提案した。

■周辺症状が落ち着いてきていること、95歳と高齢なこと、転倒事例があったことなどが強い根拠となり、提案は全面的に受け入れられゾルピデムは5mgへ減量された。

■しかし、ゾルピデムが減量となったことを患者さんに説明したところ、「勝手に薬を変えるな」と怒鳴られてしまった。認知症の影響か、患者さんは転倒したことを全く記憶していなかった。また薬によって転倒が起こり得るということを理解できる状態になかった。本人はゾルピデム10mgで十分な睡眠がとることができて満足していた

■さらに、その状況を知った患者介護者である息子さんからも、担当薬剤師へ抗議の電話があった。「夜眠れなくて大変だった状況に戻ってしまったらどう責任をとってくれるのか?」と問われ、状況を説明したが十分な理解を得られなかった。

■また、このことをきっかけに患者と息子の親子関係も悪化した。その後、ゾルピデム5mgで十分な睡眠をとれているとのことであったが、親子関係はこじれたままである。

 この症例では医学的に正しいと思われる医療者の臨床判断が、結果として患者の価値観や治療に対する想いを否定することに繋がり、大切な人間関係にも悪影響を及ぼしてしまいました。健康リスク回避のための医学的介入が、必ずしも人を幸せにするわけではないということが鮮やかに示されています。

  ディスカッションでも意見が多数出ましたが、患者の背景を大きく2つに分けて考えることは重要かもしれません。すなわち、医学・生物学的背景と、生活環境・社会心理的背景です。医師や薬剤師は、医学・薬学の専門家であるがゆえに、医学・生物学的背景に対する関心は極めて高いと言えるでしょう。”健康リスクを回避するために医学的介入を行うことが正しい”という価値観は、医療者特有の特殊な価値観と言っても良いかもしれません。

 転倒は極めて多因子的な現象です(Am J Epidemiol. 2015 Apr 1;181(7):521-31. PMID: 25700887)。確かに催眠鎮静薬は転倒のリスクになり得ますが、患者の身体能力(視力や歩行状態)、認知機能、ゾルピデム以外の転倒ハイリスク薬の使用、生活環境や生活習慣なども考慮すべきでしょう。

 実際、転倒による救急診療部を受診した高齢者612人を対象に、転倒ハイリスク薬中止介入を行った群と、通常ケア群を比較したランダム比較試験(Age Ageing. 2017 Jan 10;46(1):142-146. PMID: 28181639)では、12か月の追跡期間中、転倒の発生割合両群で有意な差を認めないという結果でした。

  生活環境・社会心理的背景を把握するためにも、疾病や薬物治療に関することだけではなく、患者さん本人の性格や好み、どのような生活スタイルなのかについて、少しずつ丁寧に情報収集してく必要があるのかもしれませんね。もちろんゾルピデム10mgが妥当な薬物療法だったかと言えば、かならずしもそうではありませんけれど、他に介入できる転倒リスク因子はないだろうか、と視野を広げることもまた重要です。

 

【効率の良い情報検索のポイント】

 情報検索ワークショップでは、主にグーグルによる臨床医学論文検索を体験していただきました。参加者の方が臨床現場で感じた疑問をベースに、参考となりそうな論文検索を行うというものです。疑問にマッチした論文情報は簡単に見つからないケースも多いわけですが、問いの立て方によって検索の効率性は大きく変化します。重要なポイントは、PECOにおけるEとCの濃淡をはっきりつけることです。

  例えば、スタチン系薬剤の連日投与と、隔日投与で心血管イベントの発症リスクに差があるのか?という疑問は、どちらかと言えばEとCのコントラストが低い疑問です。多くの介入研究は、効果に差があることを前提として研究に必要な症例数を見積もっています。したがって、臨床的な差を期待することができないような比較試験は最初から行われないのです。

 もちろん例外はありますので、一度検索してみることは良いと思います。しかし、上手く検索できない場合は疑問の立て方を見直すことも効率的な文献収集手段の一つだといえます。この場合、プラセボや無治療との比較であれば濃淡がはっきりしますね。

 臨床で遭遇した疑問をデフォルメすることで、効率的な文献検索が可能となるでしょう。確かにデフォルメされた疑問をもとに検索された論文内容は、自分が実際に遭遇した疑問とギャップがあるかもしれません。しかし、ギャップがあるから論文なんて役に立たないということではないのです。このギャップをどう埋めていくのか、その思考プロセスが外的妥当性の吟味と呼ばれるものであり、研究結果そのものの妥当性を評価する内的妥当性の吟味と双璧を成す情報適用プロセスです。 

 

【参考書籍】

処方提案の円滑な実践のために参考となる書籍を以下にまとめておきます。

■こうすればうまくいく! 薬剤師による処方提案

 臨床の最前線で活躍する医師、薬剤師の先生方に執筆をお願いしました。処方提案ノウハウが詰まった1冊です。処方提案で問題となる医師―薬剤師の信念対立の解消方法については信念対立解明アプローチの第一人者、京極真先生にご執筆いただきました。

こうすればうまくいく! 薬剤師による処方提案

■薬剤師のための医学論文の読み方・使い方

■薬剤師のための医学論文活用ガイド〜エビデンスを探して読んで行動するために必要なこと〜

 処方提案において、臨床医学論文を参照することで、提案内容の論旨の妥当性は向上します。論文を読み解くスキルは処方提案時代の薬剤師にとってもはや必要不可欠でしょう。

薬剤師のための医学論文の読み方・使い方

薬剤師のための医学論文活用ガイド~エビデンスを探して読んで行動するために必要なこと~

■ポリファーマシー解決! 虎の巻

処方提案を行うきっかけとしてのポリファーマシー。拙著ですがご参考になれば幸いです。

ポリファーマシー解決! 虎の巻 (薬局虎の巻シリーズ)