思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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新型コロナウイルス治療薬に関する情報とどう向き合う? #JJCLIP & #ゆる読み

 新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大する中で、その治療薬に関心が集まっています。マスメディアでも連日のように「期待の新薬」であるとか、「早期承認」などといった報道がなされているようですが、現時点までに重症化の予防や死亡率の低下を示した研究報告はありません。

 コロナ禍において、メディアが発信する情報との距離感はとても大事だと思います。社会的希望や期待に押し流され、出演しているコメンテーターの意見がまるで確定された事実かのように拡散されていくことに、僕たちはもう少し恐れを抱いたほうがいい。

 薬剤効果に関する情報の解釈はそれなりの専門性が求められます。どんな情報にも、その中には真実の他に偶然やバイアスが含まれています、情報の解釈をめぐる一連のプロセスは、偶然やバイアスに惑わされることなく、現時点で最も確からしい真実に近接することだといえましょう。カント的物自体にアクセスできないという意味においては、真実は人の認識の及ばないところにあるのかもしれません。しかしながら、その真実に少しでも手を伸ばし続けるための試行錯誤こそが、情報リテラシーと呼ばれるものであり、薬剤効果に関する情報に関して言えば、それは薬剤師の専門性です。

 

 そんな中、新型コロナウイルス感染症に対する治療候補薬剤の効果について、リピナビル・リトナビルおよびレムデシビルに関する論文を「薬剤師のジャーナルクラブ」と「ゆる読み」で紹介させていただきました。新型コロナウイルス治療薬に関する情報にどう向き合えばよいのか、そのヒントになれば幸いです

 

【ロピナビル・リトナビル】

【原著】Cao B, et al:A Trial of Lopinavir-Ritonavir in Adults Hospitalized with Severe Covid-19. N Engl J Med.2020 Mar 18. [Epub ahead of print] PMID:32187464

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【レムデシビル】

【原著】Wang Y, et al : Remdesivir in adults with severe COVID-19: a randomised, double-blind, placebo-controlled, multicentre trial. Lancet. Published:April 29, 2020.DOI: 10.1016/S0140-6736(20)31022-9

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 ロピナビル・リトナビル、レムデシビル、いずれの研究結果としてはネガティブです。むろん、有意差のない研究結果だけに様々な解釈ができそうですが、どちらの論文にも、社会が期待しているほどの大きな効果、たとえば重症化してしまった患者さんの死亡リスクを下げるだとか、重症化による入院リスクを下げるとか、そうしたインパクトのある効果はないということが明確に示されています。社会の期待とは裏腹に、実際的な薬剤効果を冷静に見つめる必要があるでしょう。

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『人々の「信じたい」欲望を逆手に取ってよりよい物語により巨大な動員力を与えよと主張することは、要するに考える力をもたない大衆から詐取せよとのべているのに等しい』(遅いインターネット p120)

遅いインターネット(NewsPicks Book)

 宇野常寛さんの著書、『遅いインターネット』からの引用ですが、ソーシャルメディアやマスメディアが広く拡散している情報の中には、容易に思考能力を奪い去っていくものが多々あります。

『事実を報じることは前提として必要だ。しかしそれだけでは足りない。僕たちはその事実に対してどのように接するのか。その距離感と浸入角度を変えるための言葉が必要なのだ』遅いインターネット p202

 僕たちは今、情報との向き合い方が問われる社会を生きています。情報にアクセスする速度を、人間の側に取り戻すこと、情報への侵入角度と距離感を自分自身の手で調整できる自由を手にしなければ、人としての多様性を取り戻せないでしょう。