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Rothmanの因果モデル:公衆衛生政策と疫学の役割

本記事は、メディカルサイエンスインターナショナル社の「アドバンスト分析疫学 369の図表で読み解く疫学的推論の論理と数理」第10章を参照しています。

アドバンスト分析疫学 369の図表で読み解く疫学的推論の論理と数理

 なお、Rothmanの因果モデルについては以下、書籍もご参照ください。 

ロスマンの疫学 第2版

視野を広げるエビデンスの読み方?医学論文を読んで活用するための10講義?

【Rothmanの因果モデル】

 胃がんの発生機序は、疾患の原因を共同して作用する多数の危険因子(構成因)の集合としてとらえることができるが、Rothmanはこの集合を十分原因と呼び、疾患が必ず生じるのに不可欠な条件や事象の最小の組み合わせと定義した。

 Rothmanのモデルに基づけば、胃がんにはいくつかの十分原因を想定することができる。図1において、一つの円が十分原因で、そこにはめ込まれている扇形の一つが構成因である。十分原因を構成しているすべての構成因が分かっていないと仮定して、未知の構成因をXzとしている。

 

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【図1】Rothmanの因果モデル

 図1では、全ての十分原因の中にヘリコバクターピロリが構成因として含まれている。これを必要構成因と呼び、必要構成因が存在しなければ、必ず十分原因は成立せず疾病は発症しない

  また、ある十分原因から、一つの構成因を除くだけでも十分原因が成立せず、疾病の予防に役立つ。このことは、疾病を引き起こす全ての構成因が判明していなくても(Xzが不明でも)、あるいは疾病の成立メカニズムが厳密に理解されなくてもたった一つの構成因さえ分かれば疾病の予防策を立てることが可能であることを意味する。ジョン・スノーがロンドンの水道を止めることでコレラの流行を抑止したように。

  また、必要構成因が存在するからといって、必ずしも疾病を発症するわけではない。Jヘリコバクターピロリ菌は胃がん発症の必要構成因ではあるが、ヘリコバクターピロリ菌だkでは十分原因が成立せず、胃がんは発症しない。このことは、一般集団において、ヘリコバクターピロリ菌の感染率がかなり高いにも関わらず、胃がんの頻度が非常に少ないことに裏打ちされている。

【近位、中間、遠位の原因と予防】 

 疾病の発症には発症直前の近位の十分原因のみならず、それ以前の遠位の十分原因、その中間に位置する中間の十分原因を仮定することができる。

【図2】は脳卒中の因果連鎖を表した仮想モデルである。このモデルでは遠位と近位の十分原因だけでなく、中間の十分原因が示され、遠位⇒中間⇒近位という時間的流れが想定されている。

 

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【図2】脳卒中における近位、中間、遠位の原因

 遠位の十分原因には社会的経済状況未知の構成因(Dz)が含まれ、これによって肥満・食塩の多量摂取・ストレス・運動不足・未知の構成因(Xz)を含む中間の十分原因が形成され、さらに高血圧と遺伝的感受性からなる近位の十分原因が完成し、脳卒中の発生をもたらす。

 この場合、脳卒中を予防するためには、ハイリスク集団である近位の十分原因を有する人、すなわち高血圧患者に対するスクリーニングと降圧治療が重要となるだろう。

  リスクの低い人もカバーする集団ベースの戦略では中間の十分原因、遠位の十分原因をターゲットとした介入戦略を考えることができる。すなわち、社会経済状態の改善戦略、塩分含量の規制や運動量増加のための都市環境整備が該当する。

 薬による個人を対象とした治療は近位の十分原因に対するアプローチであるが、集団ベースの戦略は中間の十分原因、遠位の十分原因に対するアプローチであり、疾病予防における効果は、一般的に後者の方が大きい。故に慢性疾患用薬による治療の効果サイスは、一般的に小さい。

note.com

 つまり、遠位や中間の構成因が分かっているときには、近位の原因だけを扱う介入よりも、遠位や中間の構成因を対象とする一次予防の方が、一般的にはより大きな効果を期待できる。実際、禁煙補助療法を行うよりも、たばこ税の増税や屋内喫煙の禁止など、全人口を対象とした介入の方が禁煙に与える効果サイズは大きい。