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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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糖尿病検診のゆくえ

「個人の病気の推測などができる検査の面白さを薬剤師業務にも」

こう語る薬剤師が現れた。

検体測定室での健康チェック、かかりつけ薬局のカギに‐東女薬・小縣副会長 : 薬事日報ウェブサイト

賛否あると思うが、僕は個人的に以下のように考える。

個人の病気の予測とはどういうことか。実際の医療現場で行われるのは豊富な臨床経験に裏付けされた、事前確率を見積もる力と、所見や検査結果が有する感度、特異度に支えられた事後確率での予測だ。そしてこれは到底、薬剤師にできるような仕事ではない。(例外もあるかもしれないが、一般的に薬剤師は診断を専門領域としていない)

そもそも病名を付与することにつながる検査は“面白さ”を含んではならない。そこに“暴力性”は見いだせても、医療者の立場で“面白さ”を感じるのはいささかナンセンスである。病名付与における暴力性に関しては以前の記事で考察しているためここでは再度、議論を蒸し返すつもりはない。

syuichiao.hatenadiary.com

syuichiao.hatenadiary.com

薬局店頭での糖尿病検診の推進はとどまるところを知らない。「検体測定室連携協議会」では検査を受ける人を年間90万人にする目標を掲げる取り組みが推進されているようである。

www.nikkei.com

足立区では足立区糖尿病重症化予防フォロー事業という区の事業になった。

足立区/【薬局で糖尿病リスクを早期発見!】店頭で血糖を測定し、受診を促します

検診で前倒しにされた糖尿病と、仮に検診で死亡が減るなら(現時点で明確に死亡減少を示したエビデンスはない)いくら費用対効果かが優れていたとしても長期的には医療費は増えないか?

仮に透析患者が減るとして、薬局店頭で行うような比較的健康意識の高い人を基盤に検診事業を拡大すると、透析になるくらい放置している人が自主的に検診を受け、積極的に治療をうけ透析が減るということが実現されるまでにいくらの費用がかかるのか。

死因のトップはがんであり、それは高齢化による影響が大きい。糖尿病スクリーニングがもたらすのは何か。それはただの高齢化に過ぎない、という側面もあったりする。

[予防的医療介入の費用対効果]

予防的医療介入、スクリーニングなどはその良い例だが、このような介入で、病気を早期に発見し早期治療を行うことで医療費が削減できると考えている人は多いはずだ。しかし世の中そう単純ではない。病気を早く見つけて死亡が遅らせるのだとしたら、それは医療介入にさらされる期間が通常の場合よりも長くなることを意味しており、その分医療費は多くかかるのは、普通に考えれば明らかである。しかし早期医療介入により重篤な合併症を防ぎ、それにより本来かかったであろう、医療費を回避できる可能性もまたあると言える。予防的医療介入が医療費を抑制しないとここで明言するつもりはない。

2008年にN Engl J Medに掲載された、費用対効果分析599論文のレビューをした総説によれば、予防的介入で医療費が抑制できるのは介入全体の20%程度であることが示されている。

www.ncbi.nlm.nih.gov

健康アウトカムを改善したうえで医療費が抑制できるような介入、すなわちCost-savingな医療介入は普通に考えても広く提供されるべき医療である。このレビューでは以下の2つが挙げられている

・幼児に対するヒブワクチンの接種

・60歳から64歳男性における大腸内視鏡による大腸がんスクリーニング

糖尿病のスクリーニングは当然ながらCost-savingな医療介入ではない。糖尿病スクリーニングはCost-effectiveな医療介入である。アウトカム改善が見込まれるかもしれないが、医療費は抑制しない。具体的にどのくらいかかるのだろうか。

2010年にlancetに掲載されたCost-effective分析の論文によれば、健康寿命1年獲得するために必要なコストは以下のとおりである

・30歳から3年毎のスクリーニング:10512ドル(130万円)

・45歳から毎年のスクリーニング:5509ドル(190万円)

・45歳から3年毎のスクリーニング:9731ドル(120万円)

・45歳から5年毎のスクリーニング:9786ドル(120万円)

・60歳から3年毎のスクリーニング:25738ドル(310万円)

・高血圧患者に対して毎年スクリーニング:6287ドル(77万円)

・高血圧患者に対して5年毎にスクリーニング:6490(80万円)

・30歳から6か月毎にスクリーニング:40778(500万円)

www.ncbi.nlm.nih.gov

なおコストは1QALYsあたり金額である。QALYsとは質調整生存年のことであり、生存年を効用値(健康=1、死亡=0)で重みづけしたものである。簡単に言うと100%健康な状態で暮らす1年間の人生を1QALYと表現する。

健康寿命の価値を一律に決めることは難しいがおおよそ5万ドル(600万円)位を基準にすることが多いという。さてこの結果から明確になるのはスクリーニング対象者によってCost-effectiveが大きく変わるという事に注意したい。

[糖尿病検診のゆくえ]

糖尿病スクリーニングの実効性についてここでは触れない。メインブログ地域医療の見え方を参照いただければ幸いである。(スクリーニングでの明確な死亡リスク低下効果は示されていない)

jp.bloguru.com

曖昧な答えしかないのなら、明確な言説は誤りであることを証明している。検診が健康長寿につながるというような明確な言説は誤りである。当然ながら検診は無意味であるから行うべきではないという言説も誤りである。世の中、医療はそう単純じゃないことを僕はEBMから学んだ。

 糖尿病検診はその対象者を明確に限定すべきである。少なくとも医療機関で毎回血液検査をしているような人には費用対効果に優れるとは言い難い。それこそ健康寿命1年に対して600万とかそれ以上かかるかもしれない。1年に1回定期検診を受けているような人も不要ではないか?

これまでの流れを俯瞰してみると、「糖尿病を見つけない」という選択肢がなくなる世界を目指しているような印象を受けてしまう。そういう世の中の完全なる実現。こういう思想は少し異常じゃないか?と思うぐらい極端な方向性にふりきれている。そうは思わないか?

人間は他人の自由を脅かさない限り好き勝手に自由に生きる権利を持っている。健康なるものを志向する医療はこの権利を保証しないような文脈や価値観を生み出す事もも多い。自由に生きる。そんな恣意性の権利はあらゆる医学、薬学理論の正統性に優先する。現象の絶対性に比べれば科学理論など相対的なものである。医学、薬学理論の正統性をたてに個人が自由に生きる権利を侵害してはならない。どのような治療を受けるのか、それは充分な情報を与えられた後に本人が判断すべきであり、科学理論の正統性が恣意性の権利に優先してはならない。

どんな生き方に価値があるのか問うのをやめよ。「生きることには無条件の価値がある」これは我が師の言葉(※1)であるが、“糖尿病を見つけない”という生き方と、“糖尿病を見つけて早期治療する”という生き方は本来等価なはずである。しかし世の中は、糖尿病を見つけ早期治療するという選択肢しかなくなりつつある社会を目指してはいないか?それは言い過ぎだろうか。いやそうは思わない。検診を推進する人たちの声に比べれば僕の声などまだまだ小さい。

僕は検診を否定するつもりは毛頭ない。薬局での簡易血糖検査の新たな可能性は今現在において思索の途中にあるが、構想はまとまりつつある。いずれメインブログ「地域医療の見え方」で明らかにしたい。

 

(※1)「健康第一」は間違っている(筑摩選書)

「健康第一」は間違っている (筑摩選書)

「健康第一」は間違っている (筑摩選書)