【書籍紹介】プラセボ学 プラセボから見えてくる治療の本質
薬の効果について、僕は「薬理学的作用機序に基づく厳密な効能」と、「生活レベルで実感できる薬効感」に分けて考えよう、というお話を良くします。そして「薬理学的作用機序に基づく厳密な効能」は僕たちが想像するよりも極めて小さいものである可能性を薬剤効果の極小性や多因子性などという言葉で表現してきました。
生活レベルで実感できる薬効感には、確かに薬そのものの効能が含まれていますけど、その割合は決して大きくありません。むしろ、服用者の心理的な状況、病状の自然経過、潜在的な性格傾向、遺伝的要因、生活環境、社会環境など、様々な条件のほうが薬効感に大きな影響を与えています。
このような薬の厳密な効能以外の効果は、しばしばプラセボ効果と呼ばれます。もちろん、自然経過や社会的要因(健康の社会的決定因子と呼ばれますよね)をプラセボ効果に含めてよいのかどうか、議論の余地があるところでしょう。教育心理学分野でいうピグマリオン効果や労働生産性の研究で明らかにされたホーソン効果もプラセボ効果を形作る一つ要因であり、厳密な効能以外の「効果」をどんな視点や関心から切り取るかでプラセボ効果の定義も変わってくることでしょう。
ただ、大事なことは、治療効果と呼ばれるものが「真の効能」+「プラセボ効果」+「真の効能およびプラセボ効果の定義から外れた健康要因」という3つの構造から成り立っていることです。
これまでプラセボについて専門的に論じられた書籍は少なかったように思います。そのような中で、プラセボについて体系的にまとめられた書籍「プラセボ学 プラセボから見えてくる治療の本質」がライフサイエンス出版さんから発売されています。
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プラセボ学 | ライフサイエンス出版
『治験の現場では、プラセボ投与時の改善率は薬物投与時の改善率から差し引かれて、捨てられる運命にありますが、プラセボ投与時に観察される改善の中身には、治療学の"宝物"がたくさん埋もれているように思われます』(プラセボ学 プラセボから見えてくる治療の本質 p28)
本書ではプラセボ効果の構造的理解や、臨床試験にプラセボを用いる際の倫理的側面、プラセボ対照二重盲検試験の妥当性をめぐるテーマなど、治療をめぐる興味深いトピックを「プラセボ」という視点から丁寧に解説しています。
プラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験といえば、内的妥当性に優れた研究であり、その結果も質の高いものであるという確信がありますけど、手続きとして採用されたプラセボ対照二重盲検と、守られた盲検性は別問題なのです。
『正しい方法により実施された臨床試験のみが、正しい結論を導くと考える人の多い現代、このことは教訓的なことのように思われます』プラセボ学 p34
プラセボといえば、薬理作用の無い(単なる)乳糖や小麦粉のようなものをイメージする人も多いのではないでしょうか。著者の中野重行先生は、実薬投与群の改善率が独り歩きして、あたかも実薬そのものの実力であるかのように思われがちな現象を「プラセボ関連誤謬」と呼んでいます(本書P139)。プラセボに対する誤った先入観は、薬物治療に対する柔軟な思考を奪ってしまうことにつながりかねません。
ーー治療効果とは何か?
本書を紐解いた先にあるのは、プラセボがもたらす健康への影響から垣間見る、薬物治療の核心ともいえるでしょ。
【参考】
僕のプラセボに対する考え方は以下の記事で読むことができます。
また、以下の書籍でも薬剤効果の極小性や多因子性について論じています。