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思想的、疫学的、医療について

医療×哲学 常識に依拠せず多面的な視点からとらえ直す薬剤師の医療

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ポリファーマシーへの関わり~EBMの手法に対する批判と応答~

ポリファーマシー。ここ数年、思索を続けてきたテーマである。いわゆる多剤併用問題という認識を持つ人は多いかもしれないが、突き詰めると、薬物療法の根本的な考え方、認識という問題に行きつくような気がしている。ポリファーマシーへの関わりとしていくつかの論考[1][2][3][4]と、書籍ポリファーマシー解決! 虎の巻を世に出せたことは貴重な経験となった。 

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ポリファーマシー解決! 虎の巻は、日経DIオンラインコラム「これで解決! ポリファーマシー」をベースに、薬剤師がこのテーマにどうかかわっていけば良いのか、その方法論の一つをまとめたものである。

潜在的不適処方(PIMs)をどのように同定するかについては、良く知られているように様々なクライテリアやツールが存在する。わが国においても2015年に日本老年医学会が「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」を取りまとめており、不適切処方については、医療関係者のみならず、一般メディアも注目を集めることになった。しかしながら、潜在的に不適切処方をクライテリアなどの一定の基準で評価介入してくことには限界があるとの示唆がある。[5]

 

そのような限界を踏まえると、患者個別に、薬剤個別に、薬物療法の妥当性を評価していく手法、つまりdeprescribing[6]と呼ばれる手法で考えていかねば、なかなか現実にはこのテーマの打開策が見えてこないように思われる。またその手法の基本的な思考プロセスはEBMの手法を用いた薬剤効果のリスクベネフィット評価に他ならないと僕は考えている。すでに、ポリファーマシーとの関わりにEBMの実践は必要不可欠であるということについて「これで解決! ポリファーマシー」の前半部分で論理的に指摘している。しかしながら、実際にはそれが全面的に世に受け入れられたというわけではない。いくつかの批判が寄せられている。コラム「これで解決!ポリファーマシー」のコメント欄にもいくつか散見されるが、その主張の主要なテーゼは書籍『ポリファーマシー解決! 虎の巻』のAmazonレビューに集約されているといっても良い。

 

本稿では、僕の主張に対する批判を取り上げ、それに対するいくつかの応答を紹介する。これら批判に対する見解を示しておくことは、ポリファーマシーに関心を有する医療者や、EBMを学ぼうとしている人にとって有益であるように思われ、またEBMに対する誤解への応答という仕方でも機能するだろう。

EBMの手法を用いたポリファーマシーへの関わりに対する批判]

では、まず僕の主張に対する批判を整理しておこう。

エビデンスが前面に出た処方提案は医師の反感を買う可能性がある。

・理想は語るのは易いが、あまり現実的ではない。

エビデンスばかりで肝心の患者を見ていない。

・この本で本当の解決は難しい。

テクストの解釈可能性は無限であるが故、上記解釈が妥当かは不明であるが、概ねこのように整理できるであろう。つまるところ、エビデンスの押しつけで生じる医師あるいは患者と薬剤師関係悪化への懸念、に集約できるかもしれない。これはEBMに対する誤解と根本的な部分を共有する典型的なテーゼである。「この本で本当の解決は難しい」という批判に対しては、本1冊で解決できるのであれば、日本中でこれほど悩んでいないだろうと応答しておこう。医療は臨床判断を通じて、人の人生の方向性、価値付与を行っていくが、そもそも人の人生というものを明確に解決することなど、だれにもできやしないだろう。そこには常に曖昧さ、答えのなさがまとわりついている。[7]

いくつかの論考で、医師-薬剤師、患者-薬剤師それぞれの“関係性”について、すでに論じている。[8] 「価値」や「信念対立」というキーワードはこれらの批判に対する理論的応答となるであろう。しかしながら、根本的な応答としては十分とはいえない。なぜならこれらの論考はあくまで表面上の応答であり、EBMに対する誤解との共有部分についての考察が不足しているからだ。

エビデンスの押しつけで生じる医師あるいは患者と薬剤師関係悪化への懸念という批判に対して、その応答の一つのとなるが「薬剤効果の曖昧性の原理」という考え方である。[9] 薬剤効果の曖昧性に関する理論的パースペクティブについては、今月末配信される“地域医療ジャーナル”で連載中の「開かれた医療とその敵」にて掲載予定である。是非、そちらを参考にしてほしい。

cmj.publishers.fm

本稿ではこの薬剤効果の曖昧性について、別の視点から考察を加える。

 

[論文データの脱構築的読解]

さて、EBMの手法が批判される背景には、典型的な誤解が存在する。それは臨床判断時にエビデンスを前面に出し、科学的妥当性が担保された結論を目指す、という仕方では、患者の思いや価値観を排除するのではないか、という指摘である。そういった指摘はおそらくEBMのステップ④、エビデンス適用“apply”適応“adapt”と誤解している。適用はすでにある条件に当てはめようとする行為であり、患者の価値、医療者の経験、その介入の実現可能性など様々な条件と照らし合わせて、論文結果が活用できるか模索するというプロセスに他ならない。他方、適応は適用と異なり初期条件を変化させる行為である。薬を飲みたくないという価値観を変化させてまで、統計学上のベネフィットを優先させ、薬の服用を推奨することは適応行為の一つであろう。EBMの実践においてはエビデンスを適用(初期条件を無理に変えずに当てはめようと)するのであって、エビデンスを適応(初期条件を変えて当てはめようと)することではない。 

とはいえ、エビデンスを適用するなど、理想論に過ぎないのではないか、という批判もあろう。具体的にどのようなプロセスで適用すれば良いのか、というのはもっともな意見である。エビデンスの適用に関して上述の「薬剤効果の曖昧性」は非常に大きな武器となり得るが、この薬剤効果の曖昧性とは、論文結果の解釈における「多義性」に他ならない。どういうことか。

ある薬剤が相対危険で心筋梗塞を30%減らすとしよう。こうした相対比はやはり薬剤効果に対する有効性を強調するかもしれない。しかし同じ薬剤の統計データであってもNNTで見れば120というような数値に、とりわけ著明な効果は感じ得ないだろう。つまり薬剤効果というものは、存在論的に実在しているかのような錯覚を覚えるのだが、実は認識論的にいかようにも解釈が可能だという事なのだ。これこそが論文結果の解釈における多義性である。

あらゆる統計データは、複数の解釈可能性をもつ。どの解釈を採用するかは関心相関的に決定されていく。論文結果をオブジェクトレヴェルで読解している限り、解釈された薬剤効果が、関心相関的に切り出されたものとは気づかない。ここでは薬剤効果は曖昧性を残さず明確である。有効性「あり」「なし」のような二値的な選択肢しか患者に提供できない。しかし、論文結果をメタレヴェルで読解する、つまり、薬剤効果には様々な解釈可能性があり、それを今、関心に応じて認識しているに過ぎないことを踏まえて読解することで、薬剤効果の曖昧性が垣間見えてくる。この場合、患者に適用できる選択肢は「(薬を服用しようがしまいが)どちらでもよい」である。

論文結果を自分で吟味しない限り、メタレヴェルで薬剤効果を把握することはできないだろう。論文のテクストをいわば脱構築的に読解することで、エビデンスの適用ハードルは限りなく低くなる。オブジェクトレヴェルで施行された二値的な価値観はエビデンスを適応するよう要請するが、脱構築的に読解された、つまりメタレヴェルで思考された論文結果の解釈は限りなく、先行条件に即した形で適用できる。適応に比べて適用のほうがはるかにプラクティスの難易度は低いうえに(つまり理想論ではなく現実的である)、脱構築的に読解された論文結果は、患者に多様な選択肢の提供可能性を付与する。

大事なのは目の前の患者と患者を取り巻く様々な人たちがどういった現実を生きていくかである。今ここにある苦しみに対して、最終的に患者やその介護者がなんらかの希望を見いだせる選択肢を提供することが大切だろう。薬剤効果の曖昧性に気づくこと、つまり論文結果の脱構築的解釈は、そうした選択肢を提供する可能性を少しでも上げることができるのではないか。そのためにも継続して論文を読み続ける必要があることは言うまでもない。

[注釈]

[1] 青島周一.Gノート 3(7), 1267-1275, 2016-10

[2] 青島周一.レジデントノート 17(16), 2964-2971, 2016-02

[3] 青島周一.総合診療.26巻 6号. 495-499. DOI: http://dx.doi.org/10.11477/mf.1429200564

[4] 青島周一.治療2016.Vol.98 No.12

[5] 例えば、J Am Geriatr Soc.2014;62(9):1658-65. PMID:25243680やEur J Clin Pharmacol. 2015 Oct;71(10):1255-62. PMID: 26249851などが参考になるだろう。

[6] JAMA Intern Med. 2015 May;175(5):827-34. PMID: 25798731

[7] 確かに本書のタイトルはいささか不適切かもしれない。しかしながら、本書の「はじめに」でこの点についてはすでに言及している。本書は解決困難さを発見し、ポリファーマシーとどうかかわっていけば良いのか、そのプロセスを示した本であることは強調されている。

[8] http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/column/aoshima/201610/548396.html やhttp://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/column/aoshima/201610/548754.html を参考にしてほしい。

[9] 現時点で読める論考は、治療2016.Vol.98 No.12

治療 2016年 12 月号 [雑誌]

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