高齢者薬物療法において薬剤師が留意しておきたい、たった一つのこと。
超高齢化社会なんて言うわけなんですが、薬剤師業界においても、高齢者薬物療法に注目が集まっているように思います。日本老年薬学会や高齢者薬物療法認定薬剤師制度の発足がそれを裏付けているとは言えないでしょうか。
高齢者薬物療法が注目される背景には医療費削減だとか、ポリファーマシー対策だとかに注目が集まる中で、医療における薬剤師の立ち位置を明確に打ち出していきたい、というような、なにがしかの力を感じます。まあ、それはそれで良いことなのだと思います。
高齢者薬物療法というと、僕の職場はまさに高齢者医療の現場最前線であるように思うのだが、高齢者薬物療法は奥は深いけど、きっと華々しさはないと思うんだ。まあ、華々しさの定義にもよるけど。精神科薬物療法とか、感染制御とか抗菌薬物療法とか、僕には華々しく映るんだよね。
— 青島周一 (@syuichiao89) 2017年1月22日
老年薬学会にしても高齢者薬物療法認定薬剤師にしても、みんなどんな薬剤師像を描いて、研修に励んでいるのだろう。と今日はふとそんなことを考えた。
— 青島周一 (@syuichiao89) 2017年1月22日
高齢者薬物療法の専門家を目指す薬剤師が沢山いることは僕はほんとうれしいよ。でもきっと高齢者薬物療法って本当に地味な仕事だと思う。注目されてるのはポリファーマシーかもしれないけど、それは高齢者薬物療法とはある意味別問題だと思うけどな。
— 青島周一 (@syuichiao89) 2017年1月22日
残された余命を想う、ただそれだけに対してどれだけ薬を考えるか、それが僕らの仕事だ。患者さんにとっての薬の位置づけはほんのわずかでしかないという事実にどれだけ向き合い、患者、その家族を考えていくことができるか。
— 青島周一 (@syuichiao89) 2017年1月22日
検査もできる検査は限られているし、患者自身に生きる希望がなかったり、家族の方も積極的な治療を希望しないことがあるんだ。そんな状況下で、院内の限られた薬剤で、レジメンを提案していく仕事なんだよ。
— 青島周一 (@syuichiao89) 2017年1月22日
院内と在宅(外来)はまた違うのかもしれないけれど。でも本質的な仕事は変わらないと思う。そこにどんな専門性を見出す?
— 青島周一 (@syuichiao89) 2017年1月22日
と、まあ、いろいろ思うことは多々あるわけですが、高齢者薬物療法、特に85歳を超えるような超高齢者における薬物療法について留意していきたいことが一つあります。
それは余命です。
そんなこと当たり前じゃないか、と言われそうですが、余命について、適切な評価ができているかどうかと問われれば、必ずしもそうでも無いような気がします。
平成 27 年簡易生命表を見てみると、85歳の高齢男性の平均余命は6.3年ほどです。(表1)
この6.3年が、長いと感じるか、あるいは短いと感じるかは人それぞれですが、一つ注意が必要なのは、このデータはあくまで”平均”余命であって、基本的には健常者における数値ということです。何らかの疾病に罹患していれば、この期間はさらに短くなると考えられます。
例えば、アルツハイマー型認知症病やパーキンソン病などの慢性的な変性疾患を発症した場合、その後に適切なケアを受けたとしても、機能的な改善は見込めず、残された余命は健常者の半分くらいになってしまう可能性があるでしょう。また大腿骨頸部骨折や、脳卒中などのイベントを発症した場合、一時的には機能低下からの回復が見込めるかもしれませんが、最終的な寿命はかなり短くなってしまうこともあります。(図1)
(図1)身体機能依存度と年齢(A:健常者、B:認知症やパーキンソン病などの変性疾患の罹患、C:大腿骨頚部骨折や脳卒中などの重度の破壊的なイベント)JAMA. 2009 Dec 23; 302(24): 2686–2694より引用
[余命と予防的薬剤]
余命の限れた超高齢者の薬物療法において、注意すべきは予防的薬剤の使用です。予防的薬剤とは、例えば、スタチン系薬剤や降圧薬、糖尿病治療薬など、今現在における何らかの身体症状に対する対症的な治療ではなく、将来的な心筋梗塞や脳卒中などの合併症を予防するために服用する薬剤のことです。この「予防」という言い方が適切かどうかは分かりませんが、つまりスタチンであれば、コレステロール値を下げるために薬剤を服用するのではなく、心血管疾患の発症を先送りするために服用するんですよね。
一般的に、心血管疾患に対する薬物療法においては、心血管イベントのリスク低下は、患者個々の潜在的な心血管リスクに依存します。例えば、喫煙者であり、高血圧、糖尿病、脂質異常症を有するなど、心血管イベントのリスクが潜在的に高い患者では、低リスクの患者よりも、薬物療法により得られるベネフィットは大きいと考えられます。しかしながら加齢そのものが死亡リスクの主要な決定要因であり、超高齢者においては、残された余命に対して、治療で得られるベネフィットが必ずしも大きくなるとは限らないのです。
[降圧薬で考えてみる]
降圧療法によりどれだけ心血管イベントの発生の無い期間を得ることができるのか、年齢別にその期間を推定したシミュレーション解析が報告されています。(Vasc Health Risk Manag. 2005;1(2):163-9. PMID: 17315403)
この研究はプラセボもしくは未治療と降圧療法を比較したランダム化比較試験6研究の参加者コホート(26~96歳、平均追跡期間5年)より、推定された治療効果に基づいて、生涯にわたるイベントがない平均寿命の増加Gains in event-free life expectancy (GLE)を算出しています。
例えば40歳男性において、イベントなしの平均寿命の増加は、冠動脈疾患で20か月(相対増加4.5%)、脳卒中で32か月(相対増加7.0%)、心血管イベントで32.6ヵ月(相対増加7.8%)となっています。(図2)
(図2) 冠動脈疾患(CHD) 脳卒中(Stroke) 心血管イベント(CVE)の発生が無い平均余命増加 GLE: Gain in event-free life expectancy(イベントの無い状態での余命増加)RGLE:Relative gain in event-free life expectancy(イベントの無い状態での相対的余命増加)Vasc Health Risk Manag. 2005;1(2):163-9. PMID: 17315403より引用
得られる効果は女性よりも男性の方が大きく、平均余命の絶対的な増加(GLE)は年齢と共に減少していることがお分かりいただけるかと思います。しかしながら相対的な増加(RGLE)は年齢と共に大きくなっていますね。
超高齢者において、降圧療法継続による絶対的なイベント先送り効果は、非高齢者よりも小さいとはいえそうです。しかし、相対的なベネフィットは大きくなり、決して降圧治療が不要というわけではありません。実際80歳を超える高齢者(平均83.6歳)3845に対象に降圧療法の有効性を検討したランダム化比較試験(N Engl J Med. 2008 May 1;358(18):1887-98)では、中央値1.8年の追跡で脳卒中が低下傾向、総死亡が有意に低下したことが報告されています。
ただし、ここで注意が必要なのですが、厳格な血圧コントロールが必要かと問われれば必ずしもそうでは無いということです。年齢別に血圧の値と、全原因死亡、非致死的心筋梗塞、または非致死的脳卒中の最初の複合アウトムの関連を検討した研究(Am J Med. 2010 Aug;123(8):719-26PMID: 20670726)によれば、70歳以上の高齢者では、収縮期血圧で140mmHg付近が最も低く、120mmHgではむしろ増加していることがわかります。(図3)
(図3)血圧と全原因死亡、非致死的心筋梗塞、または非致死的脳卒中の関連 Am J Med. 2010 Aug;123(8):719-26PMID: 20670726より引用
[スタチンで考えてみる]
脂質異常症に用いられるスタチン系薬剤でもベースラインリスクのみならず、余命という要素が大変重要です。360人のロンドン市民を対象とした研究(Circulation. 2014 Jun 17;129(24):2539-46. PMID: 24744274)では、スタチン治療(一次予防)による期待余命は加齢にともない減少していることが鮮やかに示されています(図4).
(図4)スタチンの投与により得られる延命効果 Circulation. 2014 Jun 17;129(24):2539-46. PMID: 24744274より引用
この論文結果の値が必ずしも妥当性の高いデータとは言えないかもしれません。しかし少なくとも、残された余命というファクターが、スタチン治療のベネフィットに与える影響は、かなり大きいと言えるでしょう。
[余命を想う仕事]
高齢者薬物療法において、ポリファーマシーだとか、腎機能だとか、そういった要素も大事かもしれませんが、余命と言う観点からすれば、明らかにベネフィットが少ない予防的薬剤が漫然と使用されていることは多々ありますし、血液検査のような生化学的データのみで薬物治療を考えていくと、薬剤投与はむしろ正当化される可能性すらあります。実際、5つの慢性疾患、具体的にはCOPD、糖尿病、高血圧、変形性関節症、骨粗鬆症を有する79歳の女性において、ガイドライン通りの治療を行うと12剤の薬剤が必要と言われています。(JAMA.2005;294(6):716-24. PMID:16091574)
とは言え、予防的薬剤の投与をいきなり中止することは、患者からしてみれば、医療従事者に見捨てられてしまったと考えるかもしれませんね。予防的薬剤を継続していることは、患者に対して希望をもたらしている側面は確かにあるかもしれません。したがってこれら薬剤の継続要否は患者の思いを十分に把握せねばならないことは間違えないでしょう。そのうえで、残された余命は10年もないこと、併存疾患を有している患者ではさらに余命は短くなることを踏まえたうえで、予防的薬剤のベネフィットがどれだけ得られるだろうか、それは有害事象リスクを上回るものだろうか、熟慮することが大切なんです。
『残された余命を想う、ただそれだけに対してどれだけ薬を考えるか、それが僕らの仕事だ。患者さんにとっての薬の位置づけはほんのわずかでしかないという事実にどれだけ向き合い、患者、その家族を考えていくことができるか。』とても難しい仕事です。
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